連休中、ふと思い立ってキッチンの大掃除(いや中掃除……ぐらいかな)をした。普段、あまり手を付けない食器棚の奥や、引き出しの中をゴソゴソやって、使い物にならないがらくたをガンガン捨てていった。茶色く変色した割り箸だの、本体がと〜っくに割れてしまった器の蓋だの、くだらない物がいろいろ発掘され、我ながら呆れた。
ごちゃごちゃになっていたスプーンやフォークといったカトラリーも、きちんと入れ直すと、かなりスッキリ。こんなこと、普段からやっておけば、わざわざ大騒ぎするほどのことではないのだ、やれやれ。きれいになった引き出しの中をのぞいて心地よい疲労感に浸っていると、ステンレス製の艶やかなカトラリー類が並ぶ中にひっそりと、しかし確かな存在感で身を寄せ合う、つや消しの落ち着いた雰囲気のセットの存在に気が付いた。
「あっ、これ、初めて買ったスプーンとフォークだ!」
そう。一人暮らしを始めて、最初に自分で買ったスプーンやフォークのセットだった。なんと物持ちのいい……と自惚れるより、20年以上たってもいまだに現役で活躍しているスプーンとフォークを褒めるべきだろう。だってそれは、それがそんなに昔に買った物だということを、買った私が忘れていたくらい古くささを感じさせないどころか、何ともいい味に使い込まれた、まさに名品の風格さえあるのだ。しかもこのシリーズは、今でも食器売り場で同じ物が売られている。
たぶん、当時青山にあった『ORANGE HOUSE』で買ったんだったと思う。よく覚えていないほど昔の話だ。私が一人暮らしを始めた最初の部屋は、高円寺の小さなワンルーム。家具などにこだわるほどのスペースはなく、せめて食器にこだわるのが精一杯だった。ちょうど、さほど高価でないけれど、デザインがシンプルで使いやすい食器類や生活雑貨がたくさん出始めた時代で、青山の『ORANGE HOUSE』『Afternoon Tea』、原宿の『生活の木』といった雑貨ショップが雑誌で話題だった。
私が大学生の頃、今では腐るほどある女性ファッション誌が立て続けに創刊され、「一人暮らしのインテリア」とか「一人暮らしのわくわくご飯」「春を楽しむ京都の旅」といった、20代の女性のライフスタイルをキラキラにイメージアップする企画が目白押しだった。そういう企画が、企業のイメージ戦略の片棒を担いでいるものだということを知ったのは、自分が雑誌を作る側に回ってからの話。私は夢と妄想で浮かれながら、華麗なる一人暮らしに突入した。
食器類は、無地か白地にブルーの柄というシンプルさが気に入って、ほとんど『生活の木』で揃えた。表参道と明治通りの交差点から少し上がった所にある店だ。今はハーブやアロマテラピー中心のナチュラル・ライフ専門店になっているが、かつては、なかなか素敵なオリジナルの食器を売っていたのだ。
それ以後、バブルにズッポリとはまり込み、ミントンやジノリ、ロイヤルコペンハーゲンなど、ブランド物の洋食器に走った時期もあるが、最初に揃えたこれらの食器類も、いまだに現役でテーブルに登場する。気に入ったものは、やはり大切に使うんだなあと、改めて思った。
スプーンやフォークは、それこそ様々な種類があり、当時は柄が木でできたものなんかが人気だった記憶がある。さんざん探した挙げ句、珍しくつや消しのステンレス製なのと、全体的になめらかな曲線でまとめられたフォルムに一目惚れして、ティースプーンから、ケーキ用のフォークまですべてこのシリーズで揃えた。どこか有名なブランドなのかしら? と、スプーンの裏を見たら、「Martian」(マーシャン=火星人)という刻印と、頭に5本の毛が生えたヘンテコな火星人のマーク。何なんだろうなあ、これ? ……と、一瞬思った記憶がある。そして、このスプーンやフォークが、実は日本の工業デザイナーの草分け的存在である、柳宗理のデザインの物だと知ったのは、買ってから何年もたってからのことだった。
思えば、フィリップ・スタルクの家具だとか、ジウジアーロの車だとか、アレッシーの食器、ルイスポールセンの照明などなど、モダンデザインが流行し、工業デザイナーの名前が華々しく世間に出るようになったのは、バブルの気配が世の中に漂い始めた、80年代の後半ぐらいのこと。もともとミーハーな私は、一時、アレッシーのシャープで遊び心のある、ピッカピカでとんがったステンレスもの(シュガーPotやクリーマー)にハマったものだが、誰々のデザインだとか、有名だからという先入観なくして私の心を虜にしたのは、柳宗理のものが初めてだったと思う。
柳宗理氏は、もう90歳になるというのに、まだ現役で仕事をされているという素晴らしい方だ。バタフライチェアなどで、SORI YANAGIとして世界的にもその名は知られ、最近では大きなキッチン雑貨店であれば、必ず『柳宗理』コーナーというのができているくらい。鍋からやかん、ボール、ざるといったステンレスものは、あのつや消しの味と、シンプルで優しい形、使いやすい作りで、とても人気が高い。「本当の美しさは自然のままにあるのです」という彼のポリシーそのままに、どれも「デザインしました!」「カッコイイでしょ!」という見え見えの主張がなく、キッチンに置いて、すぐに溶け込む、優しい雰囲気のものだ。
少し前に、柳宗理のやかんを買ったのだが、これも、ザ・やかんとも言うべき名品だった。普通のやかんを上からぎゅっと押しつぶしたような、やや扁平な形がカワイイだけでなく、底面積が広いため、すごく早くお湯が沸くことと、注ぐとき自然に少し前に傾き、握った手の小指と薬指で楽に支えられる取っ手の微妙な角度など、使い始めて気が付くその素晴らしさ。機能美とは、まさにこれを言うのだろう。これを機に、柳宗理のキッチン用品を、少し揃えようかなと思う。
ところでこのやかん、裏を見たら、やっぱり「Martian」の刻印とヘンテコ火星人のマーク。気になって調べてみたら、「Martian」は帝国ホテルのカトラリーも作っている由緒正しい洋食器メーカー、『佐藤商事』のブランド名で、問題のヘンテコ火星人は、本当に火星人だった。そしてこのマークの由来は、地面にしっかり根を張るようにと足を踏ん張り、両手は金属加工業のスパナ、そして世界に通用するようにと、五大陸の意味で頭に5本の毛が生えた、行く行くは宇宙にも進出できるようにという願いのこもった火星人……なのだそうだ。
ますます柳宗理のカトラリーとやかんが好きになりました。
『佐藤商事』ホームページ(トップページにマークが躍り出ます!)
http://www.satoshoji.co.jp
ごちゃごちゃになっていたスプーンやフォークといったカトラリーも、きちんと入れ直すと、かなりスッキリ。こんなこと、普段からやっておけば、わざわざ大騒ぎするほどのことではないのだ、やれやれ。きれいになった引き出しの中をのぞいて心地よい疲労感に浸っていると、ステンレス製の艶やかなカトラリー類が並ぶ中にひっそりと、しかし確かな存在感で身を寄せ合う、つや消しの落ち着いた雰囲気のセットの存在に気が付いた。
「あっ、これ、初めて買ったスプーンとフォークだ!」
そう。一人暮らしを始めて、最初に自分で買ったスプーンやフォークのセットだった。なんと物持ちのいい……と自惚れるより、20年以上たってもいまだに現役で活躍しているスプーンとフォークを褒めるべきだろう。だってそれは、それがそんなに昔に買った物だということを、買った私が忘れていたくらい古くささを感じさせないどころか、何ともいい味に使い込まれた、まさに名品の風格さえあるのだ。しかもこのシリーズは、今でも食器売り場で同じ物が売られている。
たぶん、当時青山にあった『ORANGE HOUSE』で買ったんだったと思う。よく覚えていないほど昔の話だ。私が一人暮らしを始めた最初の部屋は、高円寺の小さなワンルーム。家具などにこだわるほどのスペースはなく、せめて食器にこだわるのが精一杯だった。ちょうど、さほど高価でないけれど、デザインがシンプルで使いやすい食器類や生活雑貨がたくさん出始めた時代で、青山の『ORANGE HOUSE』『Afternoon Tea』、原宿の『生活の木』といった雑貨ショップが雑誌で話題だった。
私が大学生の頃、今では腐るほどある女性ファッション誌が立て続けに創刊され、「一人暮らしのインテリア」とか「一人暮らしのわくわくご飯」「春を楽しむ京都の旅」といった、20代の女性のライフスタイルをキラキラにイメージアップする企画が目白押しだった。そういう企画が、企業のイメージ戦略の片棒を担いでいるものだということを知ったのは、自分が雑誌を作る側に回ってからの話。私は夢と妄想で浮かれながら、華麗なる一人暮らしに突入した。
食器類は、無地か白地にブルーの柄というシンプルさが気に入って、ほとんど『生活の木』で揃えた。表参道と明治通りの交差点から少し上がった所にある店だ。今はハーブやアロマテラピー中心のナチュラル・ライフ専門店になっているが、かつては、なかなか素敵なオリジナルの食器を売っていたのだ。
それ以後、バブルにズッポリとはまり込み、ミントンやジノリ、ロイヤルコペンハーゲンなど、ブランド物の洋食器に走った時期もあるが、最初に揃えたこれらの食器類も、いまだに現役でテーブルに登場する。気に入ったものは、やはり大切に使うんだなあと、改めて思った。
スプーンやフォークは、それこそ様々な種類があり、当時は柄が木でできたものなんかが人気だった記憶がある。さんざん探した挙げ句、珍しくつや消しのステンレス製なのと、全体的になめらかな曲線でまとめられたフォルムに一目惚れして、ティースプーンから、ケーキ用のフォークまですべてこのシリーズで揃えた。どこか有名なブランドなのかしら? と、スプーンの裏を見たら、「Martian」(マーシャン=火星人)という刻印と、頭に5本の毛が生えたヘンテコな火星人のマーク。何なんだろうなあ、これ? ……と、一瞬思った記憶がある。そして、このスプーンやフォークが、実は日本の工業デザイナーの草分け的存在である、柳宗理のデザインの物だと知ったのは、買ってから何年もたってからのことだった。
思えば、フィリップ・スタルクの家具だとか、ジウジアーロの車だとか、アレッシーの食器、ルイスポールセンの照明などなど、モダンデザインが流行し、工業デザイナーの名前が華々しく世間に出るようになったのは、バブルの気配が世の中に漂い始めた、80年代の後半ぐらいのこと。もともとミーハーな私は、一時、アレッシーのシャープで遊び心のある、ピッカピカでとんがったステンレスもの(シュガーPotやクリーマー)にハマったものだが、誰々のデザインだとか、有名だからという先入観なくして私の心を虜にしたのは、柳宗理のものが初めてだったと思う。
柳宗理氏は、もう90歳になるというのに、まだ現役で仕事をされているという素晴らしい方だ。バタフライチェアなどで、SORI YANAGIとして世界的にもその名は知られ、最近では大きなキッチン雑貨店であれば、必ず『柳宗理』コーナーというのができているくらい。鍋からやかん、ボール、ざるといったステンレスものは、あのつや消しの味と、シンプルで優しい形、使いやすい作りで、とても人気が高い。「本当の美しさは自然のままにあるのです」という彼のポリシーそのままに、どれも「デザインしました!」「カッコイイでしょ!」という見え見えの主張がなく、キッチンに置いて、すぐに溶け込む、優しい雰囲気のものだ。
少し前に、柳宗理のやかんを買ったのだが、これも、ザ・やかんとも言うべき名品だった。普通のやかんを上からぎゅっと押しつぶしたような、やや扁平な形がカワイイだけでなく、底面積が広いため、すごく早くお湯が沸くことと、注ぐとき自然に少し前に傾き、握った手の小指と薬指で楽に支えられる取っ手の微妙な角度など、使い始めて気が付くその素晴らしさ。機能美とは、まさにこれを言うのだろう。これを機に、柳宗理のキッチン用品を、少し揃えようかなと思う。
ところでこのやかん、裏を見たら、やっぱり「Martian」の刻印とヘンテコ火星人のマーク。気になって調べてみたら、「Martian」は帝国ホテルのカトラリーも作っている由緒正しい洋食器メーカー、『佐藤商事』のブランド名で、問題のヘンテコ火星人は、本当に火星人だった。そしてこのマークの由来は、地面にしっかり根を張るようにと足を踏ん張り、両手は金属加工業のスパナ、そして世界に通用するようにと、五大陸の意味で頭に5本の毛が生えた、行く行くは宇宙にも進出できるようにという願いのこもった火星人……なのだそうだ。
ますます柳宗理のカトラリーとやかんが好きになりました。
『佐藤商事』ホームページ(トップページにマークが躍り出ます!)
http://www.satoshoji.co.jp