「いったい、いくらあるんだろう!?」私の座ったブラックジャックのテーブルはチップの山。それも、ひとつ100ドルの黒いチップが数十枚。ほんの1時間前は、たった1枚でゲームをスタートしたはずなのに、勝って勝って勝ち続けて……今は、数えきれないほどに増えてしまっている。

一生懸命、平静を保とうとしたが、過去にこういう経験をしたことがない私は、チップが増えていくたびに胸がドキドキし……。とうとう息苦しさに耐えきれなくなった私は、勝ち続けているゲームの途中で、降りることにした。

 

初めてのラスベガスで初めての大勝ち
 

あわてたのはディーラーである。このまま勝ち逃げされてはたまらない、と考えたのか必死に私を引き止めようとする。「今帰ったらラックが逃げるよ。もっと稼げるかもしれないのに!」監視役である、ピットボスも出てきて、口を合わせる。私は、彼らのいうことに耳をかさず、帰り支度を始めた。

数分後。カジノを出てトイレに駆け込んだ私は、周囲に人がいないことを確かめてから、ハンドバッグの中のチップを取り出した。私が1時間余りのブラックジャックで稼いだ金額は、軽く7000ドル(当時約86万円)を超えていた。興奮で私の喉がカラカラになる。

生まれてこのかた、宝くじや懸賞、福引きに当たるといった類の幸運にはまったく縁のなかった私が、ましてギャンブルなど興味もなかった私が、ほとんど初めてといっていいラスベガスのカジノで勝ってしまうなんて……!! 私は、自分の身に起こった出来事が信じられなかった。

 

 

自分で自分が止められない

今から15年前のこと。私がカジノギャンブルにのめり込むようになったのは、そんな経験をして以来である。休暇旅行の途中で立ち寄ったラスベガスのカジノで、ビギナーズラックに出会ってしまったために、その後の私の人生は一変することとなった。

その日以来、やりがいのある仕事よりも、女の生きがいであろう恋愛よりも、ギャンブルのほうがもっと魅力的に……感じるようになってしまったのである。それまでどちらかと言えば、勤勉で真面目だった私の突然の変貌ぶりに、ショックを受けたのは周りの人間たちだ。

カジノゲームに勝つための、カードの読みかたのレッスンや、ルーレットの出目の研究を毎日欠かさずやるようになったため、仕事の打ち合せ、友だちとのお食事会、ボーイフレンドとのデートなどが、はじき飛ばされた。

さらに、無理やり仕事を休んでは、年に5回も6回も海外のカジノに出かける。ひどいときは1か月以上も日本に帰ってこない。そんな私に、友だちはあきれ、両親は嘆き、仕事のパートナーやボーイフレンドは腹を立てた。だが、もう、どうにもとまらない、のだ。

 

ギャンブルの魔力にとりつかれたキッカケ

「この道にハマったキッカケは?」と訪ねてみると、たいていの人が「一度、大勝ちして以来かなァ」と、答える。皆、私と同じで、ギャンブルにまったく興味がなかった人でも、何かのキッカケで勝つ喜びを知ってしまうと、がぜん面白くなり、やる気がでてくる。

そして、何回か勝ったり負けたりを繰り返すうちに、ある日、ギャンブルにドップリとはまっている自分に気づいて愕然……と、いうのが、お決まりのパターンなのだ。

 

 

勝てないことは「幸運」かもしれない

つい最近、マカオのカジノで、「ビギナーズラック」に出会った、20才前後と見られる中国人女性の二人組を見た。ふたりがやっていたゲームはブラックジャック。カードが配られるたびに、本人たちも周囲も大騒ぎである。数時間の間、彼女たちはほとんど負けることがなく、手元を見てみると、数百万円分のチップが積み上げられていた。

だが、彼女たちがいくら勝とうとも、それは決して「幸運」に出会ったわけではない。彼女たちはきっと、また「大勝ち」を夢見て、マカオにやってくるだろう。寝ても覚めてもギャンブルのことを考えるようになるのだろう。季節の変化を楽しむことも、音楽や旅を味わうことも、そして、最悪の場合は、人を愛する喜びすら失ってしまうかもしれないのだ。

数百万円の勝利の代わりに、彼女たちは人生におけるたくさんの楽しみを、捨てることになるかもしれないのだから……。だからそれは、決して「幸運」とは呼べないことを、私はとてもよく知っている。