「よっしゃあ、こうなったら全額いったるで! 全額!これで勝てなんだら、わし首くくったるわ!」顔を真っ赤にし、関西弁でまくしたてたオジサンは、バカラテーブルに数百万ウォンの札束をたたきつけた......。日本人客の多い韓国のカジノでは、昔からこんな光景をよく見かけたものである。

 

ルーレットテーブルに登場した小型計算機
 

韓国のウォーカーヒルや、済州島のカジノのお客といえば、以前はなぜか、ヤクザじみた油ぽっいオジサンが多かった。カジノの中では怒声が飛び交い、札束が乱れ飛び、およそ上品とはいえない雰囲気の場所であった。

ところが少し前から、そんな韓国カジノが変わった。学生かサラリーマン1年生といった若い男性客や女性客、そしてカップルで韓国のカジノを訪れる客が増えてきたのである。そして、客層が若返ったと同時に、ゲーム運びのムードもずいぶん変化したようだ。

若いお客たちは、オジサンたちのように声を荒らげたり、札束を叩きつけたりするようなことは決してしない。小金を淡々と冷静に賭け、一定時間が経過すると、さっさと切り上げて帰っていく。

中には、ルーレットのテーブルで、小型計算機を取り出してパチャパチャと数字を打ち、確率を計算した上で慎重にチップを置く青年もいる。そしてこういう青年たちは決まって、青白い顔にメガネ、きゃしゃな体格、目立たない服装といった「おたく」タイプなのだ。

 

 

数学者パスカルの理論もギャンブルのためだった

海外カジノだけでなく競馬においても、パチンコにおいても、最近はハイテク機器を駆使してデータ分析する、「ギャンブルおたく」たちが増えているという。だが、データ分析によって勝率を上げようとする「ギャンブルおたく」は、実は昔から各国にたくさんいたのである。

「運まかせの賭け事を、有利にする方法はないものか」と、友人の貴族から相談を受けたのは17世紀フランスの数学者、パスカル。彼は、サイコロ賭博におけるゲームのゆくえの分析に取り組み、それから2年の歳月を経てひとつの理論を編み出した。それが有名な『確率論』である。

また、ブラックジャックでは、出るカードの確率を計算して賭ける「カウンティング法」というのがある。これは今から30年以上も前に、コンピュータによって編み出されたもので、映画『レインマン』の中にも、この方法を使ってラスベガスで8万5千ドルを稼ぐシーンが登場した。

このブラックジャック必勝法を編み出したのも、アメリカ人の「ギャンブルおたく」青年である。この方法にたよると確実に勝率がアップするので、現在はどこのカジノでも「カウンティング法」を使うことは禁じられている。

 

「イチかバチか」を軽蔑する「ギャンブルおたく」

「なんの根拠もないものに、大金を賭けるなんて愚の骨頂です。ぼくたちに言わせれば、ああいうオヤジ賭けっていうのは、無謀としか見えません。ルーレットであれ、バカラであれ、競馬であれ、データを冷静に読めば、次の目が見えてくる。大賭なんかしないで、たとえ小さくても確実に勝ちを重ねていくことが大切なんです」

知的ギャンブラーを目指しているという彼らは、運を天にまかせた「イチかバチか」の勝負師を軽蔑する。そんな「ギャンブルおたく」時代を反映してか、パチンコ、競馬、カジノゲームのさまざまなデータ分析がされているギャンブルソフトが人気である。

たとえば、パチンコのデータソフトは、市販の電子手帳対応のもので、価格は数万円。換金率や機種、リーチの絵柄などのデータを入力すると、大当たりの確率や、適当と思われる投資金額、やめ時まで指示してくれる、便利かつとてもおせっかいな道具である。

競馬ソフトは、プレステ2やなどのゲームボーイなどのゲーム専用機対応、パソコン対応、専用ハードで動くものなどさまざまな種類のものがあり、値段は5000円から数万円まで。これは、レースのデータを入力すると勝ち馬を予想してくれるソフトで、使った人に聞いてみると「ま、それなりに当たるよ。自分の予想よりは、ね」ということだった。

 

 

やっぱりギャンブルは「神の思し召し」

「破滅型のオヤジギャンブラーは、一時的に大金を手にしても、結局は生き残れませんよ」と、不敵に笑う「ギャンブルおたく」青年の意見に、とりあえずは私も賛成である。私自身が勝負にのぞむときも、データを重視し、傾向としては「ギャンブルおたく」に近いかもしれない。

だが私自身は、ギャンブルはしょせんギャンルでしかないと思っている。株や為替相場のコントロールとは異なり、データ分析だけで本当に勝ちつづけることができるなら苦労はないよ、と思うのだ。だいたい株ですら、いくらデータをとったって、損するときはするではないか。

また「ギャンブルおたく」理論が通るなら、カジノ先進国である欧米で、とっくの昔に必勝法が確立されているだろう、ということだ。

ギャンブルは人生と同じである。そこは、確率論では測れない現象が、数限りなく現れる場所なのだ。そして私自身も、「ギャンブルおたく」理論がブッ飛ぶような、それこそ神の思し召し......としか思えないような「信じられない出来事」を、数多く目撃してきている。

bu