私が乗ったタクシーは、くたびれたベンツで、ヨーロッパの街を走っていたものを払い下げてもらった車だという。タクシーの運転手さんは、やたらに陽気で親切なアラブ人のおじさんで、私を見晴しのいい前の助手席に座らせてくれた。また、砂漠を走る道中、退屈しないようにと、『コーラン』のカセットテープをかけっぱなしにしてくれた。
私はイスラム教の教典『コーラン』について、学校で習ったことはあったが、実際に聞いたのはこのときが初めてだった。教典というイメージから、説法のようなものを考えていたのだが、実際は哀調を帯びたメロディの、まるで歌のようなものである。言葉こそわからないものの、不思議に深く胸にしみ込んできて、耳を傾けずにいられない力強さと魅力があった。
「あのー、マラケッシュのカジノのあるホテルに行ってください。きょうはそこに泊まりたいんですが……」
「ああ、あの有名な『マモウニア』だね。でもあそこはバカ高いから、やめたほうがいいよ。近くに『マモウニア』と同じ5つ星ホテルで、料金が3分の1のところがあるから、そこに案内してあげよう」
私はこのときまで知らなかったのだが、カジノのある『マモウニア』は、世界的に有名な、モロッコのナンバーワンホテルであるという。このホテルは、ヨーロッパ貴族の御用達で、モロッコでも人気があるジャッキー・チェンも、1年に1度は訪れるらしい。
実際、見事な石細工の壁や床、繊細なアラビア風装飾に囲まれた『マモウニア』のロビーは、靴をはいて歩くのが申し訳ないほど美しく豪華だった。また『マモウニア』のカジノも、ヨーロッパに引けをとらない華麗さと、規模のあるものであった。
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