ギャンブルで多額の借金をした、破産した人は数多くいるが、さすがに宝くじにのめり込み、破産したという話は聞かない。だが、自称“宝くじの鬼、N交通のタクシードライバー、鈴木さんの話は少し違う。

「私、酒もタバコもやらないし、他にギャンブルもやりませんしねえ。収入のかなりを宝くじに注ぎ込んできたから宝くじ買わなきゃ、今ごろ家の1軒や2軒は建ってるでしょうねえ」

鈴木さんは今年57歳。若いころ、10万円当たったのがきっかけで、宝くじにのめり込み、以来約30年間、宝くじひとすじに、収入のかなりの部分をつぎ込んできたという。

 

宝くじの当たりがだんだん近づいてくる?
 

鈴木さんの話では、今年はすでに220万円近くを宝くじに費やしているという。だが、そのうち回収できたのは、24万5000円。私にしてみれば、“なんでそんなに回収率の悪いものを買い続けるの!?”と、言いたい気分だ。

「ばかだと思うでしょ? もうね、意地で買ってるの、意地で。いつかデカいのを当ててやろうと思ってね。1回デカいのがくれば全部チャラでしょ。10万や20万の小当りをアテにしてちゃ、こんな買いかたできませんよ」

この鈴木さん、1年前に買った30枚の宝くじのうち1枚が2等と8番違いだったとか。そして、今年も1等賞と3番違いのものがあって……つまり、確実に当たりが近づいている、と鈴木さんは言う。
「この次はぜったいに大当たりしますよ。予感がするんです。この最後のツメで、ケチったりすると運が逃げていっちゃうんだよね。だから、今年の年末ジャンボは、親戚に借金してでも、5000枚は買うつもりなんです」

5000枚というと、宝くじはジャンボ1枚300円で、総額150万円となる。それでも年末ジャンボ宝くじは、前後賞合わせて1等3億円に当たる確率は、およそ500万分の1にすぎない。そんな確率の話をしても鈴木さんはメゲる様子もない。「いいんです。“運”ってのは確率論じゃ測れませんから」それは確かにおっしゃる通り。「とにかく当たるまで、何年でも買い続けますよ。意地もあるけど、宝くじは私の人生ですから」と、意気軒昂だ。

 

 

日本の宝くじは、もはや立派なギャンブル

宝くじの売り上げは年間約8000億円。そのうち当選者に戻ったのは、わずか約46%。残りの54%は控除と称される、いわゆるテラ銭として召し上げられる。世界中どこを見ても、日本ほど理不尽な数字を提示している国はない。結果はすべて胴元まかせ、ギャンブルとしての楽しさも醍醐味もない。

私にとっての宝くじは、回収率の悪い、ただ運だけに頼る“遊び”のイメージだったが、鈴木さんの話を聞いてからはずいぶん変わった。なるほど、自分の収入の大半をつぎ込み、ときには友人やサラリーローンから借金をしつつ迎える当選発表の日。特に大金をつぎ込んだときは、当たるにせよ外れるにせよ、胸がドキドキし、新聞を持つ手が震えるほど興奮するという。なるほど、まさしくこれはギャンブルの醍醐味と言えそうである。

また近年は、LOTO、ナンバーズ、TOTOなど、ギャンブル色の濃いメニューが次々登場し、カジノこそないけれど、日本は世界に誇るギャンブル大国にのし上がったといえるだろう。

 

 

宝くじの商品は時代を映す鏡

日本の宝くじのルーツといえば、時代劇でもおなじみの“富くじ”である。文献によると、1枚あたりの値段が、今の貨幣価値に直しておよそ1000円から1万円になるという。それでも江戸の庶民には人気が高かったというから、日本人は昔から宝くじが好きだったのかも知れない。

だけどそんな“庶民の夢”も幕末には禁止され、再び復活するのはそれから100年近くを経た昭和20年だった。この当時の宝くじは、敗戦で荒廃した日本を復興するのを目的に発行されたもので1枚10円。物資が不足していた時代を反映して、その後5年間は宝くじに当たるとお金のほかに自転車や石けん、シャツ、マッチ、糸、サッカリン、ろうそく……などの副賞がついていた。どの副賞も当時、手に入りにくい“価値ある品物”ばかりで、生活密着型の宝くじだったといえる。

そして、極めつけは昭和23年に発売された『東京都住宅くじ』。なんと特等の賞品が、今や大使館が並び外人向け高級住宅が立ち並ぶ東京・麻布の一戸建て住宅だから、今の年末ジャンボ宝くじよりは、よほど価値がありそうだ。
ふだんは宝くじに興味がない私でも、このくらいゴージャスな副賞がつくとなれば、友人、親戚に借金をしまくって、大金をつぎ込みたくもなるが……。