「つまり、あなたはギャンブルによって自分が成長し、仕事にもメリットがあったと言いたいわけでしょ。でもそれって、ギャンブルにハマった自分を正当化しようとしているように聞こえるな」
いかにギャンブルが私の人生に彩りを与えてくれたかをとうとうと述べていたとき、友人が私に向かっていった言葉がこれだった。この言葉に、頭を一発殴られたような気になった私。そして、「ああ、私もいよいよ“ギャンブル性思考症候群”におかされているのだな」としみじみ思ったのだった。

 

ギャンブル性思考症候群。それは、ギャンブルに深くのめり込むことによって起こる自己誤認、感受性の麻痺などの症状で、やがては人格崩壊につながる恐ろし〜い“病気”である。

この病気の恐ろしいところは、自覚症状のないままにじわじわと進行し、ある日ハッと気づいたときは、すっかり思考のバランスや生活のリズムを失っていることだ。また人によっては、多額の借金を抱え込み、精神面だけでなく、実生活面でのクオリティ・オブ・ライフを失うケースも少なくない。

 

(症状その1・嘘をつく)
 

ギャンブラーは、ほとんどの場合、嘘つきである。どっぷりハマっているくせに「そんなにやってないよ」などと平気で嘘をつく。
また、ギャンブルで勝ったときのことは自慢げにしゃべるが、負けたときのことは触れない、というのもギャンブラーに共通する特徴である。

(症状その2・価値観の狂い、バランス感覚の欠如)
 

ギャンブルにのめり込むと、人生における価値観に狂いが生じてくる。家族団欒や、ボーフレンドとのデートに時間を使うくらいなら、少しでもギャンブルをしていたい、と思うようになる。また、仕事で認められるより、ギャンブルで勝つことのほうがうれしい。惚れた相手に愛を告白されても、大勝負で勝ったときほど心が震えることはない。

「いい服を着たい」「出世したい」「大きな家に住みたい」などの物質的欲求はほとんどないくせに、「現金」には異常なまでに執着する。
「ああ、もっとお金があれば……」と、のべつタメ息と共につぶやき、ときには「どっかに大金が落ちてないかなあ」と、路面をなめるように見ながら歩いたりする。

 

 

(症状その3・感受性が鈍くなる)
 

ギャンブルの大勝負にのぞむときの興奮。勝ったときの歓喜。負けたときの絶望感。これらの強い感情の揺れは、日常生活の中ではまず味わえないほど強いものである。もちろん「これをスッたらどうしよう」というほど大金を賭ける場合に限ってだが、勝っても負けても、このとき味わった興奮は、何にもかえがたい麻薬的な味わいをもって心の中に住みつく。

それに比べると日常生活での体験は、ほとんどが「たいしたことないもの」に感じられてしまい、従って、何に出会ってもナマコのような反応しか示さなくなってしまう。

こういう状態に陥った人間をパートナーにした相手はとても不幸である。恋を語っても口先だけ。SEXの楽しみもギャンブルの喜びにはかなわず、心底燃えるのは唯一“賭場”だけである。

この他にも、ギャンブル性思考症候群には、ヤクが切れたとき(ギャンブルをやっていないとき)のどうしようもない脱力感と虚無感、経済的逼迫、社会的信用の失墜など、困った症状が数えきれないほどある。

 

 

読者のみなさんの「危険度」はどのくらい?
 

 

仮に、今あなたがギャンブルをやっていないとしても、将来この病気におかされないとは、決して言い切れない。次の質問でふたつ以上YESと答えた人は、“隠れギャンブラー”の素質あり。読者のあなたも、自分のギャンブラー度をチェックしてみてはどうだろうか。

(1)どちらかと言えば負けず嫌いのほうだ。
(2)クレジットカードでよく買い物をする。
(3)常に現状が不満でしょうがない。人の生活がうらやましい。
(4)人を信じやすい。特に恋愛相手は無条件で信じてしまう。
(5)凝り性だ。何かに夢中になると周りが見えなくなる。
(6)自分は優柔不断だな、と感じることが多い。
(7)つい状況に流されてしまうことが、よくある。
(8)悲哀のどん底にいるときに、どこかでそれを楽しんでいる自分に気づき、ハッとすることがある。自虐的な傾向がある。

「私は、絶対大丈夫よ。ギャンブルなんてやったことないし、まったく興味もないもの。間違ってもギャンブラーになんかならないわ」という人も、決して安心はできない。なにしろこの私自身も、10年前までは「ギャンブルなんて大嫌い。あんな非生産的なものは世の中から抹殺されるべき!」と、言い切っていたくらいなのだから。