ラスベガスのあるレストランに食事に入ったら、注文を取りにきたウエイターが「勝ってますか?」と聞いてきた。言うまでもなく“カジノでもうけたか?”という意味で、ラスベガスではよく聞く挨拶である。

「今日のところはね」と答えた私に、ウエイターは「じゃあ、あなたはラッキーな7パーセントに含まれるのかな」と言って笑いながら、その意味を教えてくれた。彼の言うラッキーな7パーセントとは、年間1500万人以上といわれるカジノの客のうち、勝って帰れる人の割合である。プラスマイナスゼロ、つまり収支トントンの人は8パーセント。そして残り85パーセントの人は負けて帰る計算になるのだと、そのウエイターは言った。

データでもわかるように、ギャンブルは負けるようにできている。もうかるのはカジノを経営している胴元で、お客が勝っていたのでは、もちろん商売にはならない。

ならば最初から、ギャンブルなどやらなければよさそうなものだが中には大勝ちする人もいて、そんな一獲千金の物語が語り継がれるから「もしかしたら自分も」と思い、みなギャンブルにのめり込んでしまうのである。

 

たった20分で130万円をスッた悪夢の体験

3年前のラスベガスでのこと。

そのときの私は絶好調で、1回10ドルのブラックジャックをコツコツと勝ち続け、1週間の間に日本円にして80万円を貯めることができた。すっかりいい気になった私は「よーし、次は1回数十万円単位の大博打を打つぞ! 今回はツイてるから、もしかしたら1千万円稼ぐのも夢じゃないかも…‥」などと欲を出し、バカラのテーブルに座ったのがいけなかった。

それまでと打って変わって、バカラのカードはことごとく裏目。「どうして!? なんでこうなるわけ!?」と、不思議に思うほどの運のなさで、最初に持っていた80万円はアッという間に消滅してしまったのである。

「ちっくしょー、熱いぜ」と、頭に血がのぼった私は、財布を取り出し、有り金全部をはたいたが…‥とうとう最後まで取り戻すことができなかった。元の80万円に、後からつぎ込んだ分を足して計130 万円をスルまでに要した時間は、たった20分であった。

「あそこでやめておけば」と後で悔やんでも始まらない。食事代もなくなってしまった私は、カジノに設置してあるクレジットカードのATMでキャッシングをして、翌日すごすごと日本に帰ったのであった。

私のように、一瞬の間に所持金全部をスッてしまうケースは、珍しくない。カジノではごく日常的なドラマである。

 

 

表情を変えずに負け続けたカナダの男性

ラスベガスに一獲千金を夢見て乗り込み、初日に全部スッてしまってしょげかえる人。すっからかんになって、カジノで会う人ごとに「おカネ貸して。後で返すから」といっては、タネ銭をせびる人。カジノではさまざまな人に出会い、さまざまなドラマを目撃した。

だが、私が目撃した中でいちばん印象に残っているのは、ほんの1時間足らずで100万ドル(約1億2000万円)をスッた30歳前後のカナダ人男性のドラマである。その人は、ミニマム100ドルのブラックジャックで、ツキがないのに大金を賭け続けていた。彼は、負けると上着のポケットから裸のままの札束を取り出し、テーブルに積み上げた。負けても負けても、後に引こうとはせず、札束を出し続ける。そのあまりの浪費ぶりに、テーブルのまわりには黒山の人だかりができていた。

また不思議なことに、彼はいくらカードが悪くても、いくらスッてもまったく表情を変えない。淡々とした調子で札束を出し、なくなってはまたテーブルの上に置くことの繰り返し。そして最後の最後に、ポケットをひと通り探って現金がないとわかると「ああダメだ。100 万ドルを超えてしまったから」と言って、静かにテーブルを後にしたのであった。

 

 

100万ドルスればスターになれる?

「いったいどこの金持ちなんだ!?」「このホテルに泊まってるんだよ。カナダから来たと言っていたが」「いやー、彼が着てるものを見てると、そんな金持ちに見えないがね」「どうして100 万ドルもスッていて、ああ顔色変えずにいられるんだろう?」と、このカナダ人がテーブルを去った後、ひとしきり彼の噂で盛り上がったものである。

一流ホテルのカジノディーラーや、ピットボスたちは、通常、テーブルについた客のうわさ話をすることはない。だがさすがにラスベガスでも、一度に100 万ドルもスルとなると、ちょっとしたスター扱いである。

ところで、その昔ラスベガスのカジノで約4億5千万円(当時)をバカラでスッたといわれる、元国会議員のハマコーこと浜田幸一センセーは、そこへいくと大スターということになるのだろうか。