行きは自分でキャデラックを運転してラスベガスにやってきた紳士が、帰りにはそのキャデラックよりもはるかに大きくて、しかも運転手付きの車で引き上げました。さて、この紳士ギャンブルに勝ったのでしょうか、それとも負けたのでしょうか……?

ラスベガスを皮肉ったナゾナゾに、こんなものがある。答えはもちろん負け。その紳士は、所持金ばかりか、キャデラックもギャンブルの賭け金に化けてしまい、とうとうバスで帰らざるをえなかったというわけだ。

どこの国のカジノでも、これによく似た話は尽きない。所持金の最後の1ドルまで使ってしまい、ヒッチハイクでラスベガスからシカゴに帰ったという老夫婦。フランス・ニースのカジノでスッテンテンになってしまい、そのままホームレスになってしまったという男性。カジノで負けがこみ、「私を一晩買って!」と、金持ち風の観光客に詰め寄る若い女性……などなど。

 

お金を貸してくれ! 頼むから!と、迫られて
 

今から7年前……。私がスペイン・マドリッド郊外にあるカジノで、そこそこ勝っていたとき、突然、後ろから声をかけられたことがあった。
「あなた日本の方でしょ? 実は元手がなくなってしまって……。勝って必ず返しますから10万ペセタほど貸してください」
スーツを着た50才くらいの、一見サラリーマン風のオジサンが、そう言って私にペコリと頭を下げた。

私はあまりにも大胆な申し出に、あきれてしまった。同じ日本人だということだけで、どうして私が見ず知らずの人にお金を貸さなくてはいけないのか。しかも10万ペセタ(10万円弱)もの大金を貸せという、その図々しさ!

「身元は確かなんです。東京ではちゃんと勤めやってるんです。身分証もあります。10万ダメなら5万でもいい」
もちろん、私は即座に断ったが、オジサンは私の拒否にメゲる様子もない。目を血走らせ、憔悴しきった表情で、「貸してくれ! 頼むから!」と、なりふり構わず必死に食い下がってくる。あまりのしつこさにウンザリした私は、その日は勝負を切り上げ、早々にカジノを引き上げた。

 

 

ギャンブルは人間の性格を変えてしまう

3日後……。再び同じカジノを訪れた私は、またそのオジサンに出会うことになった。だが不思議なことに、今度は余裕の表情で、ブラックジャックのテーブルにちょこんと座っていたのである。私が逃げ出した後、別の日本人観光客でもつかまえて、借金の申し込みに成功したのだろうか……?

「やあ、こんにちは。実はあの後、電信で日本から金を送ってもらいましてね。きょうはなかなか好調なんです」
聞けば、会社の出張費用を、すべてカジノで使い果たしたという。そして、クレジットカードで限界いっぱいのキャッシングをしたが、それもあの日にスッてしまったのだという。

「いやー、あのときは大変失礼致しました。お恥ずかしい」
その日のオジサンは、3日前とはまるで別人であった。きっと会社では課長クラスの、そこそこ責任のある立場にいるのだろう。“衣食足りて礼節を知る”じゃないけれど、お金を日本から送ってもらって余裕ができたオジサンは、冷静でいるときは、なかなか礼儀正しい紳士であった。

ギャンブルには、こんなふうにひとりの人間の人格を、とことん変えてしまうほどの魔力がある。私の場合も、負けが続いて熱くなり、半分やけくそで大金を賭け、きれいさっぱりスッてしまったことがあった。もちろん一回で懲りたが、悪い方向に向かうとわかっていながら、突っ走る自分を制御できないギャンブラーの気持ちは、とてもよくわかる。

 

 

崖っぷちに追い詰められることが快感!?

中世のヨーロッパでは、ギャンブルに負け続け、お金が底をついてしまうと、最後には耳や鼻、腕、足など自分の体の一部を賭けていたという。当時の古い文献には『賭け事に自分の体の一部を賭けてはいけない』という法律まであったと記されている。

一方、9世紀のアラビアでは『賭け金が底をついたら、自分の手足を賭けてもいい』という決まりがあった。当時の人は“オレの鼻とオマエの耳を賭けて勝負だ!”なんて言いながらギャンブルにふけっていたのだろうか。

日本のヤクザの世界でも、自分の指や命を賭けた勝負はめずらしくない。だが、そこまでいくとギャンブルも、お金のためというより意地の張り合いである。そうでなければ、崖っぷちギリギリに追い詰められることを快感に感じる、マゾヒスティックな嗜好なのだろうか。

負けがこんでくると、所持金のすべてをはたくだけでなく、考えうる限りのものをお金に替え、負けを取り戻そうとするのがギャンブラーである。財産をはたき、見知らぬ人に無心をし、自分の手足までを切り落とさねばならないほど……負け続けるギャンブラーには、私は決してなりたくない。