よりどりみどり〜Life Style Selection〜


アン・テイラー伝説

買い物は楽しい。
女にとって、買い物は、間違いなく娯楽であり、いちばんのストレス解消法である。だから、気分転換に海外旅行に出かければ、そこでのショッピングは、憧れのレストランで食事をしたり、名所旧跡巡りと肩を並べるぐらい、テンションの上がるイベントなのだ。それなのに、男どもはたいがい、「外国にまで行って、買い物ばっかりしてる女の気が知れない」なんてのたまう。あんたに気持ちを知ってもらわんでも結構! そんなおまえはパチンコでもやってろ! である。

前にも書いたが、私は好きなものには我慢できずにお金を使ってしまう性分なので、買い物はだ〜い好きだ。特に、好きな洋服には20代前半から、本当に惜しげもなくお金を使ってきた。

「小野さんが同じ洋服を着ているのを、見たことがない」

という恐ろしい噂が巻き起こったこともあるし、仲のいいミュージシャンには、

「みどりちゃん、そんなに洋服ばっかり買わないで、結婚でもしたら?」

と、訳のわからない忠告を受けたこともある。よっぽど見かねたのだろう。でも、そんな私だって、そう無節操にバンバン買っているわけではなく、毎回それなりの自問自答と、様々な駆け引きはあるのだ。同じような服を持っているしなあとか、これを買わなくても、別に困らないしなあ、とか。そうやってブレーキをかけて我慢するのも、また買い物の楽しさである。

しかも、そういったブレーキが、いきなりアクセルに変わってしまうことがあるから、買い物はスリリングでもある。私の経験から行くと、試着室に入ってしまうと、ブレーキがアクセルに変貌することが多い。やだあ、ぴったりじゃない! この値段だったら、ディナー1回分ってとこだし……よ〜し、買っちゃおうっと! とまあ、そんな調子。

そう言えば、かれこれ10年前、私はハワイのあのアラモアナ・ショッピングセンターで、見事にアクセル全開になったことがあった。

ある会社のハワイ社員旅行に、親友のY子と一緒に招待されたときだ。人の会社の社員旅行でハワイなんて、今思えば豪勢な話である。ピンクの宮殿、ロイヤル・ハワイアンのビーチに面したカフェで、マフィンとポーチドエッグとフルーツの優雅なブランチ。そして、昼間のビーチは紫外線が強いから、とかなんとか都合のいい理由をつけて、初日からさっそくアラモアナ・ショッピングセンターに出かけた。抜けるような青空と青い海。絶好の買いもの日よりだった!(?)

アラモアナ・ショッピングセンターは、まさに買い物天国だ。シャネル、グッチ、エルメス、ブルガリなどといった高級ブランドから、アメリカのカジュアルブランドショップまでズラリと並んでいる。アメリカのファッションと言えば、GAPに代表される日常着的超カジュアル服のイメージを思い浮かべてしまうが、実は、DKNYや、通称「バナリパ」と呼ばれるバナナ・リパブリック、BCBGのように、コンサバな大人感もおさえた、なかなかいいブランドも結構あるのだ。さあ、さっそく、そのあたりのブランドからのぞいてみようかと、ワクワクしていると、Y子が、一つのショップの前で立ち止まって言った。

「ねえ、ここ知ってる? たぶん好きだと思うわよ」

生成と白を基調にした清潔な感じの店。入り口には「ANN TAYLOR」(アン・テイラー)と書かれていた。そして、そのショー・ウインドーにディスプレーされているスーツやワンピースは、まさに私好みだった。さすがY子、私の好みがよくわかっている。彼女はアメリカに留学していて、自分でも洋服を輸入する仕事をしていたことがあるので、アメリカのブランドには詳しかった。アン・テイラーは、彼女も気に入っているブランドなのだそうだ。

店内に入ると、もっと興奮した。黒や紺、ベージュ、白、カーキといった基本色の、仕事にもOKなスーツは、どこかアルマーニっぽいきれいなラインのものが揃っているし、イエロー、グリーン、ピンク系といった花柄のプリントドレスも、なかなか品がある。かと思えば、ジップアップのシャープなジャケットや、KENZO風の刺繍の入ったブラウスがあったり。そして、そのどれもが、かなりお手頃価格なのだ。その上、セールコーナーがあって、少し前の商品が、全部半額ぐらいになっていたりする。わっ、いいじゃない、この店! 私はすっかり舞い上がってしまい、どこから手を付けていいのかわからなくなっていた。

その点、Y子はさすがだった。さっさと自分の気に入ったものを3着ぐらいチョイスすると、慣れた感じで店員に声を掛けスタスタと奥のフィッティング・ルームに向かう。私も慌ててワンピースを1着選んで、急いで後に続いた。

ズラリと並んだフィッティング・ルームは、1つのボックスが2畳ぐらいある、ものすごくゆったりしたものだった。片側がベンチになっているので、腰掛けたりして落ち着いて試着できる。隣のY子と壁越しに会話しながら、試着し終わると、外に出て見せ合い、採点し合う。

「あっ! やっぱりそれ似合うじゃん!」
「あれ? それどこにあったの? いいなあ、私も着てみようかなあ」

そんなことをしていると、どこからともなく愛想のいい店員がやって来て「これも、あなたには似合いそうよ」と、ジャケットやらシャツやらを試着室に掛けていく。なかなか優秀な店員で、私たちの好みを的確に読んでいた。

「Oh! Thank You!……あらあ、これもカワイイと思わない?」
その時点で、私もY子もすっかりエンジンがかかってしまった。

「私、ちょっとスカートも見てくるね」

試着した服を着て首からタグをぶら下げたまま、我が物顔で店内でスカートを選び、またフィッティングルームに戻って、試着。私たちのボックスは、壁いっぱいに服が並び、完璧に自分たちの部屋と化していた。平気でそこで弁当でも食べそうな勢いである。エンジンのかかった客には、もちろん店員だって、文句なんか言やあしない。新しい服を持ち込む度に、「あら、それもgoodよ、サイズは大丈夫?」なんて、ほほえみ返してくれる。ますますご機嫌な私たち……。

画像あっちにしようか、こっちにしようか……二人で相談したり、お互いの着こなしを褒め称えあったりしていたら、なんと、知らない内に、4時間も試着室を占領していた。私たちは、ランチを食べるのも忘れて、試着に夢中になっていたのだ。

どれを買い、どれをやめるか、なんとか頭の整理がついてレジで会計をしたら、スーツにワンピース2着に、ブラウス3枚、ジャケット、スパッツ、パンツなどなど山ほど買ったのに、$700ぐらい。まあ、なんて素敵なんでしょう! ずっしりと重い大きな紙袋は、手応え充分の幸せの証だった。

遅いランチを食べてホテルに戻ると、さっそく部屋で戦利品を広げて、二人で幸せを再び確認した。試着室に4時間もいたということを思い出して、二人で何度も大笑いした。ラナイに差し込む日差しも、心地よい風も、波の音も、南の島で買った素敵なドレスと私たちを祝福してくれているようだった。ああ、ハワイ万歳! もうこれで、明日帰国しても悔いはない。大満足!

翌朝、買ったばかりのドレスを着てブランチを食べながら、さて今日は何をしようかという話になった。ホテルのエステもいいね、せっかくハワイに来たんだから、夕方1度は海に入ろうか……。と、Y子がちょっと言いにくそうな感じで切り出したのだ。

「私さあ、昨日のアン・テイラーで、ちょっと心残りな洋服があって……」
「あっ、私も実は、もう一度見たい服があるのよ!」

すかさず私も身を乗り出していた。
かくして、私たちは性懲りもなく2日も続けてアン・テイラーに行き、「アン・テイラーカード」なる、VIPカードまで作ったのだった。う〜ん、やっぱり買い物は、かなり楽しい!

『ANN TAYLOR』 http://www.anntaylor.com/