趙(ちょう)先生と出会ったのは、今から5年前である。
とにかく体が丈夫なのが取り得のこの私だ。徹夜続きの編集者時代も、健康診断ではほとんどオールA。親知らずを一度に2本抜いた時も、熱も出なけりゃ、痛みもなく、傷口の治りの早さに、歯医者がビックリしたほどである。38度以下の発熱なら、普通に原稿も書ける。かなり具合が悪くても、丸1日寝ていれば、翌日は何事もなかったように復活!
そんな私に、初めて
「腰の左側が痛くないですか? 左の腎臓が弱ってますね。あと、肝臓も少し疲れてる。それから、心臓が弱いね。心筋梗塞になりやすいですよ」
などという恐ろしい言葉をサラリと言い放ったのが漢方の女医、趙先生だった。しかも、左右の手首の脈を診ただけでだ。血液検査もしなきゃ、尿検査もしていない。心電図だって取っていないし、聴診器すら当てていない。それでこの診断。そんなもん、信用しろというのが無理な話だ。な〜にが漢方だ!……がしかし、実際、数日前から、腰の左側が少し痛かった。「変な格好で寝たのかなあ」と思っていたのだが、それを言い当てられたのが悔しかった。
「腰はちょっと痛いです。でも、私はお酒を飲まないし、今まで腎臓とか肝臓が悪いと言われたことは全くありません。特に悪い症状もないし……」
取り敢えず、やんわりと抵抗を試みた私に、彼女は真剣な表情で言った。
「症状が出るくらいになったら、それは病気ですね。大変です。そうなる前に治すのが漢方ね。誰でも生まれたときから遺伝や体質として、体のどこかに弱い部分があります。それを自分でわかっていれば大丈夫ね。そこを守る食べ物を食べたり、薬草茶を飲んだりして、病気にならないようにできますよ」
妙に説得力のある言葉だった。腰の痛みというのは、ほとんどが内臓障害から来るものなのだそうだ。心臓も、緊張やストレスで疲れているのを放っておくと危ないですよ、ということなのだ。なるほど、漢方は予防医学であるという話を聞いたことがあるが、それにはまず、おのれの体を知れ! ということなのですね。
自分の強みを楯に突き進んできた我が人生、ここらで弱点としっかり向き合い、謙虚の二文字に悟りの境地を見いだせとの神の思し召しか……ああ合掌。その日から私は決意した。私の体調管理のすべては、この趙先生にお任せし、漢方的元気溌剌生活を送ろう。そうすれば、私の老後はきっとバラ色、まだまだ楽しいことがいっぱいあるぞ〜〜!(全然悟ってない!)
趙先生は、フルネームを趙國芳(ちょうこくほう)という。河南省にある仲景国医大という中国で初めての私立の漢方医大のお嬢様で、北里大学の講師や、日本の漢方学会の名誉会員なんかをやっている。クリニックを開業して治療するというよりは、漢方に携わる人たちを教育する立場の先生だ。それなのに、実際に現場で具合の悪い人を治療して、元気にしてあげるほうがやり甲斐があると言って、中国に帰って来いという親の言葉も無視して、一人日本で頑張っている、熱血の人だった。そのへんの心意気に、私はとても引かれた。日本語もすごく上手だし、読み書きもかなりできる。きっと、ものすごい勉強家なのだろう。
私の漢方的元気溌剌生活は、毎月2回、先生のクリニックに行って、脈診と舌診で体調を調べ、薬草茶を調合してもらうのが基本だ。その度に、
「今ご飯を食べてきたばかりですね。あまり辛いものはダメよ」
「最近あんまり寝てないね」
「裸足でサンダルはよくないよ。冷えるのいちばんダメです」
「食事、あんまり食べ過ぎるとよくないですよ」
などと、占い師みたいに生活振りを事細かに言い当てられてしまう。私の体の弱点はすべてお見通しなので、敵に回すと怖いだろうな。
薬草茶は、1日2回分がパックになっている。15〜17種類の薬草が詰め込まれているので、かなり大きめのパックを800ccの水で40〜50分煮出す。つまり煎じるわけだ。煎じ薬なんて、オババの飲むものだと思っていたが、今や“健康”と“地球に優しく”はみんなの合い言葉。オババも乙女もないのである。ちなみに、私はオババと乙女のどちらでもないが……。
こうして出来上がった薬草茶を器に移すと、枝状の薬草の中のほうの成分までとことん抽出するために、さらに400ccぐらいの水を加え、再び20分煎じる。要するに、二番だしの要領だ。そして、いちばんだしと二番だしを合わせて、本日の薬草茶のでき上がり!
しかし、これだけで既に1時間かかる。漢方的元気溌剌を維持するのは、結構手間がかかるのだ。しかも、煎じている間、いかにも薬草! という臭いが部屋中に漂う。それはそれは婆さんくさい臭いだ。換気扇から吐き出された臭いを嗅ぎつけた人は、間違いなくここは、説教くさい年寄りが住んでいる部屋だと思うことだろう。ん? ある意味、当たってるか?
それだけではない。出来上がった薬草茶は、そのときの調合によって、味も臭いも違うが、だいたいが茶色く濁ったどどめ色である。これに、トカゲのしっぽやカエルの干物でも入れたら、気分はとんがり帽子に黒装束の魔女そのものだ、イッヒッヒッヒ!
朝は引き立ての豆で入れたコーヒーの香りで始まる、ダバダ〜♪ な生活は、こうしていつの間にか、エロイムエッサイム方向へと大きく様変わり。煎じた薬草茶をジノリのカップで飲むのが、せめてものこだわりである。美味しいとはお世辞にも言えないが、みんなが想像するほどマズくはない。ゆっくりと飲んでいる内に、全身がホカホカと暖まり、体がふわっと軽くなり、血液が気持ちよく流れる気がするのがたまらない。これで邪気退散、気分爽快、元気はつらつ〜?
さて、この基本的生活に、たまにスペシャルメニューがプラスされる。特に疲れた時や、体調の悪いとき、腰や肩の痛いときに趙先生にお願いするマッサージだ。これは指圧や気功を組み合わせたものなのだが、効き目は抜群。ただし、ものすごく痛い。特に、内臓関係の経絡が集中している、ふくらはぎや足首あたりは、グイグイと押された日には、体が思わず「ひえ〜〜〜っ!」とえび反るぐらいの痛さだ。痛いのは効いてる証拠とわかっているので、拳を握りしめ、息を止め、歯を食いしばって我慢、我慢。すると先生は、「はい、力は抜いてね」と無理難題を持ちかける。
「先生……すご〜く痛いんですけど……」
額に脂汗をにじませ、息も絶え絶えに訴えても、
「はい、そうですね。ここはいちばん痛いね」
……確認だけかよ! である。少しも力を緩めてくれない。身長150センチちょっとの小柄な体の、どこにあんな力があるのだろう? と思うくらいだ。でも、その確信に満ちた力強い指先に、私は中国4千年の歴史と、先生の愛を感じる。だから、涙をこぼしながら、じっと耐える。くたくたになって先生のところから帰った晩は、足や肩に、先生の指が食い込んだままなんじゃないかと思うくらい痛みが残る。でも、1〜2日すると、体全体が軽くなり、痛みも疲れもピタリと消える。そして、内臓くんも元気に復活!
こんな漢方的元気溌剌生活に、最近ではパワーヨガが加わり、東洋の神秘にますます夢中。さ〜て、次は断食か〜?
『國芳漢方』 http://www.kanponet.com/
とにかく体が丈夫なのが取り得のこの私だ。徹夜続きの編集者時代も、健康診断ではほとんどオールA。親知らずを一度に2本抜いた時も、熱も出なけりゃ、痛みもなく、傷口の治りの早さに、歯医者がビックリしたほどである。38度以下の発熱なら、普通に原稿も書ける。かなり具合が悪くても、丸1日寝ていれば、翌日は何事もなかったように復活!
そんな私に、初めて
「腰の左側が痛くないですか? 左の腎臓が弱ってますね。あと、肝臓も少し疲れてる。それから、心臓が弱いね。心筋梗塞になりやすいですよ」
などという恐ろしい言葉をサラリと言い放ったのが漢方の女医、趙先生だった。しかも、左右の手首の脈を診ただけでだ。血液検査もしなきゃ、尿検査もしていない。心電図だって取っていないし、聴診器すら当てていない。それでこの診断。そんなもん、信用しろというのが無理な話だ。な〜にが漢方だ!……がしかし、実際、数日前から、腰の左側が少し痛かった。「変な格好で寝たのかなあ」と思っていたのだが、それを言い当てられたのが悔しかった。
「腰はちょっと痛いです。でも、私はお酒を飲まないし、今まで腎臓とか肝臓が悪いと言われたことは全くありません。特に悪い症状もないし……」
取り敢えず、やんわりと抵抗を試みた私に、彼女は真剣な表情で言った。
「症状が出るくらいになったら、それは病気ですね。大変です。そうなる前に治すのが漢方ね。誰でも生まれたときから遺伝や体質として、体のどこかに弱い部分があります。それを自分でわかっていれば大丈夫ね。そこを守る食べ物を食べたり、薬草茶を飲んだりして、病気にならないようにできますよ」
妙に説得力のある言葉だった。腰の痛みというのは、ほとんどが内臓障害から来るものなのだそうだ。心臓も、緊張やストレスで疲れているのを放っておくと危ないですよ、ということなのだ。なるほど、漢方は予防医学であるという話を聞いたことがあるが、それにはまず、おのれの体を知れ! ということなのですね。
自分の強みを楯に突き進んできた我が人生、ここらで弱点としっかり向き合い、謙虚の二文字に悟りの境地を見いだせとの神の思し召しか……ああ合掌。その日から私は決意した。私の体調管理のすべては、この趙先生にお任せし、漢方的元気溌剌生活を送ろう。そうすれば、私の老後はきっとバラ色、まだまだ楽しいことがいっぱいあるぞ〜〜!(全然悟ってない!)
趙先生は、フルネームを趙國芳(ちょうこくほう)という。河南省にある仲景国医大という中国で初めての私立の漢方医大のお嬢様で、北里大学の講師や、日本の漢方学会の名誉会員なんかをやっている。クリニックを開業して治療するというよりは、漢方に携わる人たちを教育する立場の先生だ。それなのに、実際に現場で具合の悪い人を治療して、元気にしてあげるほうがやり甲斐があると言って、中国に帰って来いという親の言葉も無視して、一人日本で頑張っている、熱血の人だった。そのへんの心意気に、私はとても引かれた。日本語もすごく上手だし、読み書きもかなりできる。きっと、ものすごい勉強家なのだろう。
私の漢方的元気溌剌生活は、毎月2回、先生のクリニックに行って、脈診と舌診で体調を調べ、薬草茶を調合してもらうのが基本だ。その度に、
「今ご飯を食べてきたばかりですね。あまり辛いものはダメよ」
「最近あんまり寝てないね」
「裸足でサンダルはよくないよ。冷えるのいちばんダメです」
「食事、あんまり食べ過ぎるとよくないですよ」
などと、占い師みたいに生活振りを事細かに言い当てられてしまう。私の体の弱点はすべてお見通しなので、敵に回すと怖いだろうな。
薬草茶は、1日2回分がパックになっている。15〜17種類の薬草が詰め込まれているので、かなり大きめのパックを800ccの水で40〜50分煮出す。つまり煎じるわけだ。煎じ薬なんて、オババの飲むものだと思っていたが、今や“健康”と“地球に優しく”はみんなの合い言葉。オババも乙女もないのである。ちなみに、私はオババと乙女のどちらでもないが……。
こうして出来上がった薬草茶を器に移すと、枝状の薬草の中のほうの成分までとことん抽出するために、さらに400ccぐらいの水を加え、再び20分煎じる。要するに、二番だしの要領だ。そして、いちばんだしと二番だしを合わせて、本日の薬草茶のでき上がり!
しかし、これだけで既に1時間かかる。漢方的元気溌剌を維持するのは、結構手間がかかるのだ。しかも、煎じている間、いかにも薬草! という臭いが部屋中に漂う。それはそれは婆さんくさい臭いだ。換気扇から吐き出された臭いを嗅ぎつけた人は、間違いなくここは、説教くさい年寄りが住んでいる部屋だと思うことだろう。ん? ある意味、当たってるか?
それだけではない。出来上がった薬草茶は、そのときの調合によって、味も臭いも違うが、だいたいが茶色く濁ったどどめ色である。これに、トカゲのしっぽやカエルの干物でも入れたら、気分はとんがり帽子に黒装束の魔女そのものだ、イッヒッヒッヒ!
朝は引き立ての豆で入れたコーヒーの香りで始まる、ダバダ〜♪ な生活は、こうしていつの間にか、エロイムエッサイム方向へと大きく様変わり。煎じた薬草茶をジノリのカップで飲むのが、せめてものこだわりである。美味しいとはお世辞にも言えないが、みんなが想像するほどマズくはない。ゆっくりと飲んでいる内に、全身がホカホカと暖まり、体がふわっと軽くなり、血液が気持ちよく流れる気がするのがたまらない。これで邪気退散、気分爽快、元気はつらつ〜?
さて、この基本的生活に、たまにスペシャルメニューがプラスされる。特に疲れた時や、体調の悪いとき、腰や肩の痛いときに趙先生にお願いするマッサージだ。これは指圧や気功を組み合わせたものなのだが、効き目は抜群。ただし、ものすごく痛い。特に、内臓関係の経絡が集中している、ふくらはぎや足首あたりは、グイグイと押された日には、体が思わず「ひえ〜〜〜っ!」とえび反るぐらいの痛さだ。痛いのは効いてる証拠とわかっているので、拳を握りしめ、息を止め、歯を食いしばって我慢、我慢。すると先生は、「はい、力は抜いてね」と無理難題を持ちかける。
「先生……すご〜く痛いんですけど……」
額に脂汗をにじませ、息も絶え絶えに訴えても、
「はい、そうですね。ここはいちばん痛いね」
……確認だけかよ! である。少しも力を緩めてくれない。身長150センチちょっとの小柄な体の、どこにあんな力があるのだろう? と思うくらいだ。でも、その確信に満ちた力強い指先に、私は中国4千年の歴史と、先生の愛を感じる。だから、涙をこぼしながら、じっと耐える。くたくたになって先生のところから帰った晩は、足や肩に、先生の指が食い込んだままなんじゃないかと思うくらい痛みが残る。でも、1〜2日すると、体全体が軽くなり、痛みも疲れもピタリと消える。そして、内臓くんも元気に復活!
こんな漢方的元気溌剌生活に、最近ではパワーヨガが加わり、東洋の神秘にますます夢中。さ〜て、次は断食か〜?
『國芳漢方』 http://www.kanponet.com/