よりどりみどり〜Life Style Selection〜


洗濯機はアメリカンドリーム

ドラム式洗濯機というものを初めて見たのは、たぶんアメリカのホームドラマか何かだったと思う。

キッチンの隣のランドリールーム。カウンターの下にそれは美しくビルトインされていて、草野球の試合から帰った腕白坊主が、泥だらけのTシャツを投げ込む。ママは「冷蔵庫にアイスクリームがあるわよ」なんて言いながら、バスタオルやシーツを押し込み、潜水艦の窓みたいな扉を閉めて、スイッチオン! 中で洗濯物たちが、ルンルンと手を取り合って楽しそうに回り始める。

このシーンは、私の洗濯というものに対するイメージを、すっかり変えてしまった。元来洗濯機といえば、その定位置はお風呂場の近くと決まっていた。母親の時代は、お風呂の残り湯を洗濯に使うのが当たり前だったので、お風呂場の水回りが、洗濯の場であったわけだ。キッチンはどちらかというと、火の仕事。水の仕事はお風呂場……そんな区別が、かつての日本の家庭にはあった。

ところが欧米では、キッチン回りがすべて家事の場であり、料理しながら洗濯なんて、すごく当たり前のことなのである。しかも、給排水のホースなどが外に見えていないから、ドラム式洗濯機は、家具のごとくスマートに見えた。そして、一度放り込んでしまえば、乾燥に至るまで全自動なので、ブザーが鳴って扉を開くと、洗濯物はフッカフカに乾いている。まるで魔法のよう!

それ以来、ドラム式洗濯機は、冷蔵庫よりも、電子レンジよりも何よりも、私の憧れの家電となった。ドラム式はたたき洗いなので、衣服の生地を傷めないとか、節水できるなんていうことを知ったのは、それからずっと後のことだ。

今でこそ、各家電メーカーが、ドラム式の洗濯機を発売しているが、10年ぐらい前までは、ボッシュ、ミーレ、GEといった海外の家電メーカーのものしかなかった。当然値段も高く、使い勝手もよくない。だいたい、日本の家の構造に合っていないので、まず置き場所がなかった。

それが、高級マンションの設備の一つとして、洗面室のカウンター下にはめ込まれるようになり、少しずつではあるが目につくようになった。そして、ナショナルとシャープが、ついに一般家庭用のドラム式洗濯機を発売したのである。ただし、値段は恐ろしく高価だった。洗濯機なんて5〜6万円という時代に、20万円以上! 乾燥機も一緒になっているわけだから、いたしかたない値段なのであるが、やはり買うにはそれなりの勇気と貯金が必要であった。しかも、今ある洗濯機が何の問題もなく、元気に活躍中だったりすると、よけいに買い換えるチャンスがない。ドラム式洗濯機は私の中で、永遠のアメリカンドリームになってしまうのか……。

しかし、5年前のマンション購入の直後、そのきっかけは突然やってきた。グッドタイミングで、それまで使っていた全自動洗濯機が壊れたのである。ここで強調しておくが、決して壊したのではない。引っ越しのときに振動を与えたせいか、脱水機がうまく回らなくなってしまったのだ、いやホントに。

「う〜ん、保証期間も過ぎちゃってるし、しかたない、買い換えるか!」

長年愛用してきた洗濯機に言い訳するかのようにつぶやいて、私はさっそくドラム式洗濯機のカタログを集めた。まだ種類も少なく、市場競争の場に登場していないせいか、相変わらず値段は高かった。少しでも安く手に入らないものかと、あらゆる情報網を駆使して調べたが、ディスカウント率も、普通の全自動洗濯機に比べて、かなり低い。何とかもう少し安く買えないものか。やっと夢が叶うというのに、こういうところで思いきりが悪いのが、私の貧乏くさいところだ。ま、分相応の悩み、とも言えるが……。

このとき、私の背中をエイヤッ!と押してくれたのが、他ならぬ親友のY子であった。ある日の午後、いきなり携帯が鳴った。Y子からだった。

「ねえ、洗濯機どうした? もう買った?」

いきなり洗濯機の話だ。

「あ、ううん、いろいろあって、実はまだ検討中なのよね〜〜」

痛いところを突かれて、なぜかしどろもどろな私。“いろいろあって”って、理由はただ一つ、値段の高さを受け入れられないというだけなんだけど……。

すると、待ってました! とばかりに、Y子がしゃべり出した。

「あのさ、今秋葉原に用事があって来てるんだけど、さっきたまたま入った電器屋に、ナショナルの全自動洗濯機が安く出てたのね。で、ちょっと店員に話したら、それよりもっと安くしてくれるって言うんだけど」

な、な、なんと、Y子ときたら、私のために洗濯機の下見をしただけでなく、わざわざ値引き交渉までしてくれたのだという。持つべきものは、交渉力のあるおせっかいな友達! 私はいきなり勇気百倍になった。

「それ安いかもっ! ちょっと予約しておいてくれない?」
「うん、もう予約しといた。値引きは今日までだけど、特別に取っておくから、明日来れば、この値段で売ってくれるって」

なんという手回しの良さだろう。持つべきものは、段取りのいい強引な友達!

そんなわけで、悩んだ割にはあっさりと、ドラム式洗濯機購入の夢は実現したのであった。設置場所は、洗面室にある扉付きの洗濯機置き場。欲を言えば、カウンターを作って、そこにビルトインしたかったのだが、排水の関係で無理だと言うことで、防水フロアにそのまま設置することにした。まあ、少しの妥協はしかたがない。

夢のドラム式洗濯機が我が家にやって来た日のことは、今でもハッキリと覚えている。運んできたのは、ずいぶんとがたいのデカイ二人のおじさんだった。今までの全自動洗濯機は、私でも押して運べたので、何でマッチョな大男が二人も必要なのか、ちょっと不思議だった。

二人のマッチョおじさんは、洗濯機を段ボール箱から出すと、

「設置場所はどこですか?」

と聞いた。私が洗濯機置き場に案内すると、防水フロア用のあて板を置き、玄関から洗面室までのルートをシミュレーションしつつ、

「一気にいけますかね?」
「う〜ん、この角で1回置いて、方向を変えたほうがいいんじゃないか?」

などと、やけに慎重に作戦を立てている様子。おいおい、たかが洗濯機を運ぶだけなのに、そこまで打ち合わせせんでもいいだろう! さくさくっとやっておくれよ!……こっちは、早く設置した姿を見たくてしょうがないので、なんだかイライラしてきた。

作戦会議を終えたマッチョおじさんたちは、玄関まで戻ると、今度は柔道の帯みたいな、えらく丈夫そうな帯ひもを取り出すと、やおら洗濯機の下に、輪になったその帯ひもを回し、肩に引っかけた。すんごく重いタンスとかピアノを運ぶときの要領である。「よいしょッ!」とかけ声をかけて洗濯機を持ち上げると、帯が肩にグイッと食い込むのがわかった。うわっ! もしかして、想像以上に重いのかも。

「あの……それってかなり重いんですか?」

恐る恐る聞いた私に、プロレスラー並のがたいのおじさんが答える。

「そうねえ、100キロぐらいあるからねえ」

image100キロ! そりゃあ重いわ! ビックリした私は、後に自分で動かさねばならないという最悪の状況に陥らないように、慎重に細かく設置位置を支持し、おじさんたちは、汗だくでその要望に応えて作業は終了した。めでたし、めでたし!

憧れのドラム式洗濯機は、今日も元気に働いている。朝起きると、いつも洗濯物がフッカフカに仕上がっているという幸福。100キロという重さは、その幸福感にちょうど釣り合っているような気がする。そう、まさにアメリカンドリームの重さなのかもしれない。