その究極が、エステだろう。
私は数年前まで、エステなんかにわざわざ行かなくても、肌の手入れぐらい自分でできるわい！ と思っていた。優秀な美容液も各メーカーから続々発売されているし、マッサージだって、自分でできるじゃない。パックは、テレビを観ながらやればいい。しかも、タダ！
そんな私に、エステの醍醐味を教えてくれたのは、ネイルアーティストの井上由美さんだった。彼女は、ネイルだけでなく、エステやアートメイクなど、“美しくなる”ということに前向きな人で、彼女のサロン『Hands-On』には、ネイルトリートメント以外に、エステのメニューも揃っている。その由美さんから、ある日突然連絡があった。
「今度うちで新しく、アンチエイジングのラインを導入したので、試しにやってみませんか？」
たまたま暇だったのと、まあ、話の種に一度ぐらいエステってやつを経験するのもいいかな、という好奇心とで、さっそく青山にあるサロンに出かけた。キャンペーン期間で、お値段が割り引きになる、というのも足取りを軽くした理由のひとつだった。
『Hands-On』で新しく導入したのは、フランスの「ファセラ（Facella）」という化粧品ラインを使ったコースだった。「ファセラ」は、植物などのナチュラルな成分を使い、フィトセラピーの理論を基本にしたコスメで、フランスの製薬会社が日本人を始め、アジア人の肌に合わせて、サロン専用に開発したものなのだそうだ。バンコクのオリエンタルホテルのスパにも導入されているという、なかなかの優れものだ。シンボルマークになっている、真っ赤なポインセチアみたいな花は「センテラアジアチカ」といい、東洋を代表する長寿のハーブだ。
抗炎症、傷の治癒、血行促進、洗浄作用、老廃物除去作用がある優れもの。皮膚の感染症を治し、血液の浄化と免疫機能を高める一方、皮膚の深部の回復を促し、精神的な疲れにも効果があるんだそうだ。なんだかそれだけで、かなりスゴイ。「ファセラコースの」効能はズバリ！ リフトアップ。私も既に、アンチエイジングを意識する世代なので、このコースはまさにピッタリだった。
磨りガラスから柔らかい日差しの差し込む、気持ちのいい個室には、ベッドと様々な化粧品と、超音波や微弱電流の美容施術を行う機械が置いてある。ハワイアン・ミュージックが流れているのは、由美さんの趣味だろう。バスローブに着替え、ベッドに横たわると、由美さんがやってきて、「ファセラ」についていろいろ説明してくれた。由美さんは、東に新しい化粧品があると聞くと、海外でもすぐさま飛んでいき、西に効くエステがあれば、すぐさま行って自ら試してみる、という研究熱心な人なので、そのめがねに叶ったものは、かなり効果が期待できると思えた。
さっそくトリートメント開始。まずはクレンジングをし、続いてシャボン草という植物から抽出した成分を配合したピーリング剤で、古い角質を取り除く。そして、顔、首から肩にかけてのリンパに沿ってドレナージュマッサージ。エステ初体験の私は、優しい手つきで私の顔を磨いてくれている、エステティシャンのお姉様に、今何をしているのか？ とか、これはどんな効果があるのか？ とか、挙げ句の果てには、エステティシャンになったきっかけは？ という突っ込んだ質問まで浴びせかけ、やたらとおしゃべりな客と化していた。目をつぶったまま、顔にいろいろ塗られ、マッサージまでされながらしゃべり続ける客って、かなり迷惑だろう。
しかし、私の質問攻撃も、ここまでだった。
リフティング専用のジェルを使った超音波と微弱電流の施術が始まったとたん、何やらとろとろといい気持ちになり、ふにゃふにゃと意識がとろけていったかと思うと、すっかり眠りこけてしまったのだ。気が付いたときには、パックも終わり、仕上げのクリームを塗っているところだった。
しまった！ いちばん大事な部分を確認できなかった！ まさかこいつ、私が眠り込んだのを知って、手を抜いてないだろうな。本当にちゃんとお手入れしたの？ 自分で勝手に眠りこけたくせに、数々の疑惑が浮かんでくる。しかし、時計を見ると、ちゃんと90分経過していたし、肌の張りは確実に増している。
「お疲れ様でした！ ちゃんとしっかりリフトアップしておきましたよ」
エステティシャンの女性は、そんな私の不届きな疑惑はお見通しさ！ という感じで、笑顔で言った。「本当にやってくれたの？」と聞くおばさんが、実際にたくさんいるのだそうだ。おっと危ない、口に出さなくてよかった。
しかし、何という気持ちのよさだろう。攻撃モードや集中モードは得意なのに、リラックスモードへの切り替えが苦手な私。国際線の機内でもほとんど眠れないのに、人に顔をいじられながら爆睡なんて、信じられない出来事だった。そして、ほんの小一時間寝ただけなのに、頭も体もスッキリ！ そして、「ファセラ」の効き目か、お顔もスッキリ！ これで90分12,000円は安い！（ちなみにこのときはキャンペーン料金で10,000円ポッキリでした）
以来私は、すっかりエステにハマってしまった。いや、正確に言うと、人に身を委ねて何かしてもらう快感、というのを知ってしまったのだ。自分でやってしまったほうが簡単じゃん……これまで常にそう思ってきたが、信頼できる人にすべてを任せたとき、緊張が解け、そこに快感が生まれる。私に欠けていたのは、この緩みなのだと思った。緩みがあってこその緊張。リラックスがなければ、バネも効果的に効かないのである。
今や、『Hands-On』は私のオアシスである。意外にも家から自転車で15分ということが判明し、もっぱら足はMy自転車だ。行きは広尾の坂を上るハードコースなので体力を消耗するため、施術の最中、いくら頑張っても、微弱電流の２本の電極で肌をつままれたとたんに爆睡してしまう。その内、ほっぺたをつままれると気絶してしまう、変な女になってしまいそうだ。この間は、エステの施術を受けながら、ネイルをやってもらうという、これまたゴージャスな、すっごい快感を味わった。ベッドに横になり、フェイシャルトリートメントをしながら、右手と左手に一人ずつネイリストが付いて、ハンドマッサージやら甘皮の処理、そしてマニキュアを塗ってくれる。まるでお姫様になった気分だった。これでフットトリートメントも同時にやれば、女王様か？
こうして、身も心もツヤツヤになり、さあ、明日も頑張るぞ〜〜っ！ と、自転車で家まで帰ると、せっかく磨いた肌が汗だく。でも、こんな、中途半端なにわかセレブ気分が、結構私は気に入っている。
『Hands-On』 http://www.hands-on-nails.com/