そんな時に、まんまと口車に乗せられ、やる気満々で飛び込んできたのだから、手ぐすね引いて待っていたインストラクターたちが私を歓迎するのは当然だった。
「小野さん、まず目標を決めましょう。どういう体になりたいですか?」
真剣な眼差しで聞かれて、私はちょっと困った。特に確固たるビジョンを持ってトレーニングに臨んだわけではなく、あくまでも、な〜んとなく興味があっただけ……というのが正直なところだったからだ。
「う〜ん、全体に引き締めたいけど……マドンナみたいなカッコイイ体かな!」
「おお〜!!」
苦し紛れに深く考えもせずに言った私の言葉に、インストラクターくんは、大げさに反応した。
「わかりました! 任せてください!!」
張り切ってそう言うと、さっそく私のトレーニングメニューを作成し始める。引き締まったボディと言えばマドンナ。単純な発想で私は彼女の名前をあげたのだが、マドンナといえば、専属トレーナーを付けて、毎日トレーニングに数時間かけるという、肉体作りのプロ中のプロ。その筋肉の逞しさは、男もビックリであるということを忘れていた。
「腕の裏側がたるまないように、上腕三頭筋を引き締めましょう。『トライセプス・キックバック』がいいですね。肩と背中はポイントだから、絶対やったほうがいいのが『ラットプルダウン』。後背筋が締まりますよ〜。あと、『チェストプレス』で大胸筋を付けましょう。バストアップにいいです。足は、『レッグカール』と『レッグエクステンション』の裏表をやっておきましょう。『レッグカール』で太股の裏側のハムストリングを引き締める、これ効果あります。あとは、腹筋と背筋ですね。最初はこれで完璧っす!」
何やら訳のわからない専門用語にうまく丸め込まれた様な気がしないでもなかったが、まあいいか。
「使う筋肉を意識して、力を入れるときに息を吐いてくださいね。じゃあ、1セット10回行きましょう!」
こうして、毎回インストラクターが付いてのトレーニング生活がスタートした。週3日、作ってもらったメニューに従ってお気楽にトレーニングをして、その後プールで泳いで帰る。最初は、家に帰ると疲れてぐったりだったのが、その内体力が付いてきたのか、運動をして帰ってから、すぐに平気で原稿書きができるようになった。体も目に見えて引き締まってきた、やっぱり運動ってスゴイ! そうやって結果が伴ってくると、ますますトレーニングに興味が沸いてくる。自分の体もわかってくる。

何になりたいわけでもない。私は、ただトレーニングが面白かっただけなのだ。だって、知らなかった世界が見えてくるのは、とても楽しいことでしょう。ましてや、それで自分の体が歴然と変わってくるのだから、こんな面白いことはない。自分の体って、自分で作れるんだあ、凄いなあ……そんな程度。
「小野さん、筋肉付くのすっごく早いっすね〜!」
鏡の前でいつものようにヘラヘラとトレーニングをしている私を見て、突然インストラクターくんが声を上げたのは、2か月ほどたった頃だった。確かに最近、肩の筋肉(三角筋)がくりっと出てきたなあとは思っていたのだが、そう言われてみれば、腕の表側の上腕二頭筋と裏側の上腕三頭筋も存在をかなり主張し始めている。ヒップの大殿筋はビシッと引き締まり、堅くなった。あらまあ! 自分でも、ビックリだった。
普通、素人がジムでヘラヘラやったくらいじゃ、男でもそんなに簡単に筋肉は付かないものらしい。重さをガンガン上げて追い込んでいったり、プロテインを飲んだり、みんなそれなりに努力するのだという。その点私は、ふ〜んとか、へ〜とか、なるほど〜とか思いながら、大してきつくない重さでヘラヘラと面白がってやっていただけなのに、気が付けば人も羨むバリバリの体になっている。どうも私は、女だてらに、人より筋肉がつきやすい体質だったらしいのだ。これは自分でも意外な発見であった。
「いやあ、すごくきれいについてますよ〜!! うらやましいな〜!」
知らない内にジムにいた男性のメンバーまで数人集まってきて、前から後ろから私の体を見て絶賛し始める。まあイヤな気分ではないけど……これってどうよ!
「マドンナも夢じゃないっすよ!」
チーフ格のインストラクターが、すっごく嬉しそうに言う。確かに最初はそう言ったけど……私はますます複雑な気分。そんな私の本心など無視して、盛り上がる観衆。と、チーフが私の三角筋を鷲づかみにして言った。
「もしよかたら、本気でやってみませんか?」
本気で?……って、私は最初から、一応本気でやっとるわい!
「恐らく、1年で大会に出られますよ」
は? 大会って何?
「背中なら半年で行けるかな。本気でやりましょうよ〜〜!」
「いいですね〜、恐らく3位には入れますよ! アハハハ」
なんと、よりにもよってこいつらは、私をボディビルの世界に引きずり込もうとしているのであった。お調子モンの私も、さすがにそこまでやる勇気はないぞ。私は、ただヘラヘラとやっているのが楽しいのだ。プロテインなんてぜ〜ったいに飲まないし、爪だって長いままだし、マニキュアもきれいに塗ってダンベルを握るという、傍目に遊び半分な姿勢がお気に入りなのだ。そんな私に、ボディビルをやれとは、なんと無礼な! ムッとしている私を無視して、インストラクターたちは勝手に盛り上がり続ける。
「どうですか? 第二の人生歩んでみませんか?」
「歩んでみたくありません! 今の人生で大満足です!! ぜ〜ったいにやだ!」
私はきっぱりと言ってやった。大げさに残念がっているバカどもには参ったが、冗談にでもそんな勧誘を受ける自分の体質にもあきれてしまった。いったい、こいつらに言われるままにとことん限界まで鍛えたら、どんな体になるのだろうか? と、一瞬、極めてみたい気もしたが、すぐさまそんな雑念は振り払った。好奇心だけで万が一そんな体になってしまった後の責任を取ってくれるヤツなんて、誰もいるわきゃない。武勇伝は、ボディビルの勧誘を受けたと言うところまでに止めておこう。
人並み外れた己の筋肉体質と、無責任な周囲の賛辞……この二つを知ったこのときから、ヘラヘラと遊び半分ではない、かといってストイックに没頭するわけでもない、自分流の正しい筋力トレーニングの道を、私は歩き始めたのだった。(つづく)