これを楽しいなんて言ってるのは、毎回顔を真っ赤にしてMAX（自分のこなせる重さの限界）の負荷に挑戦し、「ウリャ〜〜！」とか「ウグググ！」とかいう声を発して、血管を浮き上がらせている筋肉オタク野郎ぐらいなもんだ。そういうヤツに限って、一つのトレーニングが終わるたびに、鏡の前で全身に力を込めて、自分の筋肉を確認している。
おお、やだやだ！ その筋肉を使って、毎日世のため人のため、汗を流して肉体労働に励んでます……っていうなら「お見事っ！」と褒めてやるが、どうせ見せびらかすための無駄な筋肉を付けてるだけに決まってる。オリンピックを見ろ！ あの、すべてが記録を出すため、メダルを獲るために付けられた、意味のある筋肉の美しさにひれ伏せ！ ナルシストの筋肉野郎には、声を大にしてそう言ってやりたい。
とまあ、話は逸れてしまったが、そういう筋肉バカでない限り、引き締まった体を維持し、健康的な日々を送るための筋トレというのは、実は面白くないのだ。特に私の場合、重さに慣れて、少しずつ負荷を重くするという、まあ、筋トレ唯一の楽しみみたいな部分を追求してしまうと、タダでさえ、インストラクターもビックリの、筋肉のつきやすい体質である。あっという間に、筋肉バカと同列に並べられてしまう体になっちまうのは、目に見えていた。
実際の話、いくつものトレーニングを、試しては途中で中止し、勧められては拒否してきた。例えば「サイドレイズ」という、片手にダンベルを持って、立ったまま上体を横に倒すトレーニング。これは、脇腹の脂肪を落としてウエストを細くする運動と言われているポピュラーなものなのだが、全くきつくない簡単なものなので、ヘラヘラ調子に乗ってやっていたら、１か月もしない内に、ウエストの脇が堅くなってきて、インストラクターの度肝を抜いた。
「な、なんですか、それ？……うっ、筋肉っすね……このトレーニング、やめましょう！」
と、大騒ぎ。そりゃあそうだ。こっちはウエストが細くなると思ってやっているのに、筋肉が付いたらかえって太くなっちゃうじゃん！ 速攻、中止！
ヒップを引き締めるためにとやった、交互に大きく足を踏み出す「ランジ」というトレーニングでは、ヒップが引き締まる以上に、太股の筋肉が頑張ってきそうな気配があったので、
「これ、もうやらない！」
と、有無を言わさず、１週間で却下した。
こんな調子だから、重さは控えめで、回数を多くやるという、最高に面白くない方向に行かざるを得ない。な〜んか、かったるくなっちゃったな〜と思うのも当然でしょう？ と、私のそんな気分を鋭く見抜いたインストラクターくんが、ある日、こんな提案をしてきた。
「小野さん、ベンチプレスやってみませんか？」
ベンチプレス？ 聞いたことはあるが、どういうものかはよく知らなかった。。
「ベンチに寝て、バーベルを胸と肩の筋肉を使って上げるんです。上半身しか使いません。ちゃんとトレーニングすれば、だんだん重さを上げていけますよ」
言われるままに、ものは試しでさっそくやってみた。１キロのバーの両サイドに７キロのウエイトを付けて、合計15キロ也！ を、ベンチに寝て、胸の所まで下ろして、ウンショ！ と上げる。バランスがうまくとれなくて、ちょっとヨレヨレしたが、とりあえず何とか上がった。
「女性で最初に15キロ上がれば上等です」
「へえ！ で、どのくらい上がったらスゴイの？」
「そうですねえ、自分の体重を上げられたらスゴイですよ」
当時の私の体重が48キロだった。
「どのくらいで上がるようになるの？」
「いきなりは無理ですよ。根気よくトレーニングして、少しずつパワーを付けないと。まあ、１年で５キロアップを目標にしましょう」
「目標にしましょう」って、もうやることになってる〜！ と思ったが、「スゴイ」を最初から意識している私も私だよね。でも、確かに目標を持つのはいいことだ。ヘラヘラではあっても、トレーニングをやる意味が出てくる。よし、これだ！
こうして、筋トレを始めて１年ぐらいした頃から、私はベンチプレスを始めた。それから現在に至るまで、私がずっとトレーニングを続けることができたのは、この時の決断があればこそである。というのも、筋力というのは本当に正直で、ちょっとサボると、すぐに重さが上がらなくなってしまうのだ。せっかく20キロ上がるようになったのに、それが上がらなくなるのは悔しい。だから、また頑張ってトレーニングに励む。雨の日の風の日も、一応規則正しくジムに通う。そうすると、いつの間にか30キロまで上げられるようになる。わかりやすい目標ができて、すっかりトレーニングが楽しくなり、それは生活の一部になった。
スポーツクラブのイベントで「ベンチプレス大会」が開催されるようになったのも励みになった。私が女だてらにやっているのを見て、やり始める女性も何人か現れ、イベントはそれなりに盛り上がった。基本的に負けず嫌いな性格なので、そんなコンテストがあると、ますます気合いが入ってしまう私。結局私は、５年くらいかけて、本当に自分の体重と同じ48キロを上げられるようになり、調子がよければ、なんと50キロをクリアしたこともあった。我ながらよく頑張ったと思う。もちろん、大会の女性の部では、そのスポーツクラブがなくなるまでの10年間、他の追随を許さぬ、不動の１位であった。
いつの間にか私は、いい意味でも悪い意味でも、スポーツクラブの人気者になっていた。私に憧れてる若いOLが何人もいたし、品のいい奥様に
「頑張ってらっしゃるわね。何かにお出になるの？」
と、声をかけられたこともある。同じスポーツクラブのメンバーだった、某ロックミュージシャンとも、トレーニングを通じて仲良くなったのだが、
「そんなに頑張って、何になりたいのよ！」
と、よく笑われた。
プールでバタフライを教えてもらっている時には、コーチが、
「うわっ！ その肩で泳ぐと、全然初心者に見えませんよ」
とビックリしていた。
メンバーで極真空手をやってる男の人に、何度もしつこく勧誘された。絶頂期は、体脂肪率13％。トレーニング中に、筋肉の上に血管が浮き出ていた。
しかし、鍛え抜かれた体というのは、スポーツクラブではもてはやされるが、世間の風は冷たい。ドライヤーで髪を乾かしてるときの肩の筋肉を見て、女友達はみんな「うあわ〜！ どうしたの？ その肩！」と、怖いものでも見たような顔で言い、男達は「すげえなあ！」と、呆れた顔をする。
唯一脚光を浴びたのは、ジョイナーが陸上で活躍した、バルセロナ・オリンピックのときぐらいだった。マドンナは世界の女性を釘付けにするけれど、麻布十番のマドンナは、しょせんスポーツクラブのヒーロー止まりってことですね。
さて、ここまでハマった筋トレであったが、５年前に恵比寿に引っ越したのを機に、仕事も忙しくなったりして、マイナーチェンジを余儀なくされた。新しく入ったスポーツクラブが、毎日結構混んでいて、前ほど我が物顔でトレーニングすることができないのも理由のひとつだった。まあ、このままバリバリにトレーニングを続けるのもいかがなものか？ と思っていたので、ちょうどいい時期ではあった。取り敢えず、基本的な体はできているので、それが維持できればいいという感じ。今から思えば、あの黄金の日々がちょっと懐かしい……。
な〜んて、ノスタルジックな気分になったいたのもつかの間、丁度１年ぐらい前に、また私の好奇心をくすぐるものが登場したのである。最近、急に人気の出てきた「パワーヨガ」と「ピラテス」である。どちらも、トレーニングでなくエクササイズであるが、筋肉、それもインナーマッスルと言われる、体のより内蔵寄りの筋肉を鍛え、しっかりとしたコアを作ることを目的にしたものだ。筋トレは結果がすぐ表に出るが、「ピラテス」や「パワーヨガ」は、深いところの筋肉に効くので、見た目の変化はあまりない。強いて言えば、お腹が引っ込み、姿勢が良くなる感じ。
これが、実にいいんだな。内臓も活性化するし、とにかく体調がすこぶるよくなる。プラス、「パワーヨガ」は体も引き締まってくる。すっかりハマった私は、すぐにヨガマットを買い込んで、家でもときどきやっている今日この頃。筋トレで、自分の体はある程度作れるようになったが、もっと内なる部分までも、自分で改善できるというのは、素晴らしいことだと思う。そう言えば、マドンナも最近ヨガにぞっこんらしい。
やっぱり、彼女は本当に私の永遠の憧れなのかもしれない。