よりどりみどり〜Life Style Selection〜


行列の法則

『クリスピー・クリーム・ドーナツ』というのをご存知だろうか? そう! 去年の12月に新宿南口のサザンテラスにオープンした、アメリカのドーナツ屋さんである。店の名前から推察するに、周りがカリカリしてて(Crispy)、中にクリーム(Cream)が入っているドーナツなのか……と思ったら、Crispy Cream Doughnutsではなく、『Krispy Kreme Doughnuts』だった。通の間では“KKD”と、何やら秘密結社のような呼び方をするらしい。カリカリどころか、フワフワなのが特徴で、キャッチコピーも「口の中で溶ける食感のまったく新しいドーナツ!」。

1937年に創業というから、70年の歴史を持つアメリカでは有名なドーナツ・チェーン店である。古いアメリカの映画なんかにもよく出てくる……というが、私は、日本店オープンで初めて知った。映画で観たドーナツと言えば、『ツイン・ピークス』でFBIのクーパー捜査官が、コーヒー片手に必ずチェリーパイかドーナツを食べていた、というぐらいしか思い出せない。

で、この『クリスピー・クリーム・ドーナツ』が、オープンと同時にものすごい人気を博しているのだ。いつ行っても店の前には長蛇の列と、オープン早々、いろいろな情報番組で話題に上った。ネット上のブログでも、やれ「根性で1時間半並んで買った」だの、「あまりの列に断念した」だの、その人気の凄さが取りざたされていた。

私は、ドーナツなんてさほど興味はないのだが、そこまで話題になっているとなると、無視するわけにはいかなかった。1月中旬、たまたま夜10時ぐらいに新宿の南口を通ったので、これはチャンス! と、超甘いモノ好きの友達とサザンテラスに向かった。小雨がそぼ降る夜10時。これだったら、わざわざ並んで待ってる奴なんかいないだろう。ところがビックリ! 正に「アメリカ!」というネオンが輝く店の前には、傘をさした人たちがわざわざ長蛇の列。読みが甘かった!

「うわ! これはダメだね」

私たちは、お店の手前50メートルで諦めて引き返した。

テレビなどでよく、『行列のできる店』などという特番があるが、どうも私は、食べ物を1時間以上も並んで買ったり食べたりする心理がよくわかない。喉から手が出るほど欲しくて、そのとき並ばなければ、一生手に入らないというモノなら、根性出して、何時間でも並んでやるさ。でも、たかだかドーナツだったりラーメンでしょう? 並ぶ時間のほうがよっぽど貴重な気がするのだ。

が、一方で、そこまでして食べたいものって、いったいどのくらい美味しいのだろう? という、好奇心の虫が頭の片隅でうずくのも確か。やはり、人間は煩悩のかたまりですからね。
 
『クリスピー・クリーム・ドーナツ』の行列は、年明けから2月に入ってもなくなることはなく、私の周りでも、並んで買った! という奴がちらほら出現し始めた。その感想は、「フワフワで美味しい派」と、「すっげ〜甘くてマイッタ派」に二分され、そのどちらにも「ふ〜ん」としか答えられないのが、ちょっと悔しい。超甘党の友達(男です!)は、「一度食べてみたいな〜」と、私に買ってこいオーラを投げかける。

そこで一念発起。平日の午後1時過ぎという、普通の人だったら、ドーナツ屋に並んでる暇はない! という時間に、サザンテラスに向かった。途中、既にドーナツをゲットして、嬉しげに大きなボックスの入った袋を手にした女の子達とすれ違う。どうか、並んでいませんように……。

な〜んて奇跡が起こるはずもなく、店の前は、やはり行列ができていて、反対側にある高島屋に渡る橋まで続いていた。しかし、ざっと見て、これだったら1時間はかからないだろうと、私は踏んだ。二人連れで並んでいる人が結構多いので、見た目よりは捌けるのが早そうだったのだ。夕方の2時間待ちという噂と比べたら、ラッキーなほうだと思った。列の一番後に付き、ジッと我慢。10分ほどすると、私の後ろにも列ができ始め、時間と共に前は減り、後ろが増える。ここで私が断念したら、後ろの奴らが喜ぶだけ。こうなるともう後には引けない。これぞ、行列の心理だ。

少しすると、店の全貌が見えてきた。右サイドがショーケースにドーナツが並ぶ店になっていて、左サイドがドーナツ工場。“工場”なんて、大袈裟に聞こえるだろうが、ドーナツを発酵させ、揚げて、砂糖をまぶすところまで、すべてオートメーション。まさに、あの「チャーリーとチョコレート工場」式なのである。その行程が、ガラス越しに外から見られるようになっているのが売りらしい。と言ったって、「チャーリーとチョコレート工場」のウイリー・ウオンカみたいなキャラの所長が登場するわけでもないし、ドーナツの川下りができるわけでもない。ただ機械の流れに沿って、ドーナツがプカプカ浮かんで揚げられていくだけなので、何の面白みもない。これだったら、職人が型抜きをして、揚げ油から、絶妙のタイミングで取り上げる……なんていうほうが、よっぽど感動するというもんだ。機械で画一的に作られる場面に、なんの感動があるのだろう。ま、こういうのを見せること自体が、もの珍しいのだろうが。

そして、ほとんどの人たちが、ガラスに頭をくっつけて「へ〜」とか言いながら眺め、携帯で写真を撮っているところを見ると、このデモンストレーション作戦は、大当たりしているようだった。

この、ガラスの間際まで来ると、もう一つお楽しみが待っていた。揚げたての「オリジナル・グレーズド」というやつを、無料で食べさせてもらえるのである。ドーナツ・ガール(というのかどうかは知らない)がトレイに並べて持ってきて、並んでいる人たちに配って回る。まさに、

「はい、長い時間よく我慢したわね。ご褒美よ!」

てな感じ。でも、揚げたてを試食できるのは嬉しい。

いよいよ噂のドーナツ試食の瞬間が来た。そしてその感想はというと、一口食べて……うわっ! あっま〜〜い! のひと言に尽きます。とにかく甘い。周りにかかっているお砂糖のシロップが、この世のモノとは思えない甘さを醸し出しているのです。で、口の中で溶ける食感というのも、要するに、密度の低いスカスカのドーナツとしか思えなかった。これ、冷めたら萎んじゃうから、周りにシロップかけて固定してるんちゃう? とも思えた。確かに、今までのドーナツにはない食感ですけどね。

ここまでけちょんけちょんに言うほど期待ハズレだったのに、気が付いたときは既に店の入り口に到達しており、引くに引けない状態になっていた。もちろん、友達に買って行かなければならないという使命もある。

さて、何を買うか? 「オリジナル・グレーズド」は店の看板なので外せない。せっかく40分も並んだし、たぶんもう2度と並ばないだろうから、とりあえずdozenボックス(12個入り)を買うか! あとは、チョコがけとか、クリーム入りとか……。結局私も、「わ〜、美味しい! ふわふわ〜っ!」と叫んでいる女の子達と同じくらい買い込んでいた。この「せっかく並んだんだから」こそ、行列の罠……と気付いたのは、ピザが入っているかと思えるような、バカでかい箱を手にしてからだった。

今もなお、サザンテラスには、行列が絶えないらしい。ネットの書き込みなどを見ると、「甘すぎる」という常識的な意見と同じくらい、「夢のように美味しい!」という、アメリカンな若者の声もあるので、きっと当たっているのでしょう。めでたし、めでたし。

ちなみに、超甘党の友達も、さすがにこの甘さには辟易としたらしく、あれから『クリスピー・クリーム・ドーナツ』の名前を一度も口にしていません。

Krispy Kreme Doughnuts http://www.krispykreme.jp/