今回の公演のチラシです。「時薬」は、作詞・作曲が小椋佳。さすがですね。
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少し前から、この大衆演劇の世界にと〜っても興味があった。幼い頃から、厳しい芸の特訓を受け、そこから芽生えた演劇や踊りというショーに対する半端じゃないプロ意識を持った若手の役者たち。しかも、美しい! あの妖艶な女形の美しさと身のこなしには、ゾクッとしてしまう。一度触って……いやいや、会ってみたいなあと、ウズウズしていたのだ。
そんなとき、おなじみの親友のY子から明るいお誘い電話がかかってきた。
「ねえ、橘大五郎の公演見に行かない? チケットもらったんだけど」
「行く! 行く! 行く!〜〜っ」
日頃から冷静沈着な私も、思わず二流の官能小説のような上ずった声を上げてしまったのは言うまでもない。さすが、持つべきものは友達!
橘大五郎とは、早乙女太一と並んで、今大人気の大衆演劇界のカリスマ的若手役者である。2003年に公開されたビートたけし監督主演の映画『座頭市』で、仇討ちのため旅を続ける姉妹の妹(実は男の子)・おせい役に抜擢されたのが17歳のとき。その舞い姿の艶っぽさが話題になった。ちなみに、このときおせいの幼少時代を演じたのが、早乙女太一くん。彼はこのときまだ12歳だったが、15歳ぐらいから、その年齢からは信じられないくらいの色っぽい女形が大評判となり、一躍人気者になってしまった。今、大衆演劇界は、この二人でもっていると言えるだろう。とにかく美しいもの! マジで。
今回の公演は、橘大五郎の歌手デビューを記念してのものだった。会場は中野サンプラザ。通常の公演に比べて、大きな会場と言えるだろう。ま、歌手デビューのお披露目ですから。
もちろん、満席である。新型インフルエンザが流行っていようが、天気が悪かろうが、腰が痛かろうが、元気に集まったファンの方々の80%は55才アッパー。所々に、関係者面したオヤジが、ちょい若めのアラフォー女2〜3人引き連れて……というのも、この手の公演にはよくある感じだ。着物姿もちらほらあるが、ほとんどは地味目の普通のおばさん姿。歌舞伎座の前の観光バスから降りてくる人々の雰囲気とよく似ている。ゴージャスなマダム系は見あたらない。大衆演劇の、“大衆”っていうのは、まさにこれなんだろうなあと思った。
幕間には、団長の橘菊太郎が、代官の衣装のままで緞帳の前にきちんと正座して丁寧に口上を述べる。大五郎のCDを宣伝するや、団員がこれまた芝居の衣装のまま客席に入り、それらを直接売り歩く。あちらで手が上がれば、町娘がCD抱えて席まで行き、こちらから声がかかれば、番頭姿の若手が飛んでいく……という具合。
昔、「お客様は神様です」と言った大物演歌歌手がいたが、まさにその精神だ。ホールの入り口でも販売しているのに、みんなで席までお持ちする、の心意気。
このあたり、最近のアイドル歌手に見せてやりたいと思った。さすがに、大五郎本人はお出まししなかったが、大衆演劇ならではの徹底したサービス精神には、ただただ感心してしまった。
さて、いよいよ2部は歌か?……と思ったら、なんと『華の舞踊絵巻』だという。そう、踊りです。そう言えば、あの下町の玉三郎こと梅沢富美男も、肩越しの流し目と踊りの姿が売りであった。そっか、ここからが見せ場だったのだ。
まずは橘大五郎! いよっ待ってました〜〜!
しかし、今から思うと、これはこの後繰り広げられる壮大な舞踊絵巻と札束ばらまきという大スペクタクルへの、ほんの序章にすぎなかったのである。
次に現れたのは、座長の橘菊太郎。彼は大五郎の叔父にあたり、かつては女形で一斉を風靡したとかで、女形になると、さっきとは別人の美しさだ。
大衆演劇初体験の私たちがびっくりするのは、ここからだった。
流れる「われもこう」の歌に合わせて、しなやかな腰つきで舞う菊太郎。とそのとき、数人のおばさまが舞台の下に駆け寄る。流し目の先にそれを見つけた菊太郎座長は、ゆっくりと舞いながらその方向にスルスルと移動し、舞台の際に片膝ついて、しなを作り優雅に微笑む。とたんに、集まったおばさま方が、菊太郎の着物の胸元に、何やら差し込んでいるではありませんか。そう、お札です、お札。しかも、恐らく万札。アメリカのショーなどでは、1ドル札を縦半分に折って、胸元に差し込むが、ここではビラビラのまま、どうよ! とばかり。中には、3枚ぐらいビラビラっと拡げて差し込む人もいる。ちょっと色が違う紙切れもあるけど……?
「あれ、小切手じゃない?」
「きゃあ! すご〜い! 請求書なわきゃないよね(笑)」
私たちは、この客席を巻き込んだ不思議な世界にすっかりテンションが上がり、思わず座席から身を乗り出してしまった。
これを皮切りに、次から次へと、様々な踊りのショーが繰り広げられ、その度に、おひねり(ひねってないけど)が衣装の胸元を飾りまくる。演歌をバックの日本舞踊だけでなく、ジャニーズ事務所もビックリのダンス風の群舞もあるし、和風のサンバ風のショーもある。いやあ、楽しい、楽しい。
もちろん、橘大五郎の人気が圧倒的で、凄いときでは、万札数枚を扇状に広げ(恐らく10枚=10万円)、それをラミネートで固定したようなものを、懐の両サイドに挟み込んでいる、大盤振る舞いのおばさまもいらっしゃった。それだけで20万円也!
舞台の前に1度ひざまづき、180度の流し目と微笑みで、軽く50万ぐらいは集まってしまう。立ち上がったときは、華やかな着物が別の華やかさになっているわけだ。
ちなみに、彼の誕生日パーティには、100人の選りすぐりのファンが集まり、お札で作ったレイを大五郎くんの首にかけるのだとか。そのレイの総額、いくらだと思います? なんと1億6千万円ですと! 一人平均160万円のレイ。いったいどのくらいの重さなんだろう? と、余計なことまで気になってくる。
会場には、本命よりも、ニューフェイス狙いのおばさまもいて、若手の花形、橘良二くんも大人気。かなりの万札で飾り立てられていた。少年隊の東山紀之似の切れ長の目と、長身を生かしたシャープなダンスの身のこなしに、私も最初から目をつけていたのだけどなあ。
「気がついた? 彼のお尻は最高よ!」
おっと、隣のY子も先物狙いに走っている様子……チッ!
次から次へと衣装を替え、踊り、舞い、万札まみれで袖に引っ込み、また着替え。これはかなりの重労働だと思う。日頃の踊りやダンスの稽古もさぞかし大変だろう。また、新しいアイデアや演出を取り入れ、常に稽古に励んでいるからこそのこの舞台なのだ。札束纏って下がる姿がいやらしく見えないのは、そこにそんな“芸”に対する真っ直ぐな気持ちとプライドがあるからだと思った。
フィナーレは、大五郎が白いスーツ姿で挨拶し、再び歌ってのこれでもかサービス。そして、なんと彼は歌い終わると、そのままステージから客席に下り、客席の通路を通って後ろの扉まで走って行き、ホールの出口に立って、お客様のお見送りまでしてくれるのだ。
あれだけ現金もらったら、そりゃあこのぐらいしなきゃね……とは思うのだが、その行為自体はいやらしくも不愉快でもない。汗びっしょりになって、一人一人と握手して、笑顔で話す横顔は、むしろとっても清々しく、素敵だった。
大企業のスポンサーが付くのではなく、“贔屓の役者”にへそくりをはたくおばさま方の熱い想いに支えられている世界なのである。生々しく現金が飛び交うのを目の当たりにしてなお、心の交流、ふれ合いを感じて、心が温かくなった。リーマンショックも株の暴落も関係ない。ただひたすら芸を磨くだけ。あのオーラと美しさには、しっかりと理由があったのだ。頑張れ、大衆演劇!
公演の後、私とY子はスタバもイタリアンも素通りして、真っ直ぐに炉端の居酒屋に入り、うつつの余韻を味わったのだった。
橘大五郎オフィシャルサイト
http://www.mandb.co.jp/daigoro_tachibana/
橘菊太郎劇団
http://0481.jp/g/tachibanakikutarou/