よりどりみどり〜Life Style Selection〜


番茶も出花

夏と言えば、花火にスイカにかき氷、そして麦茶である。今は、コンビに行けば1年中ペットボトルの麦茶が買えるけど、昔は麦茶と言えば、夏の風物詩だった。麦を香ばしく焙じたものを布の巾着袋に入れ、アルミの大きなヤカンにいれ、煮出す。

今だったら、煮出し用の不織布の紙パックがあるが、私が子供の頃は、母親が手ぬぐいかサラシで煮出し用の小さな巾着袋を手作りし、それでぐつぐつやっていたものだ。毎日使うから、茶色くなってしまった巾着袋が、いつも台所のふきん掛けにかかっていたのを覚えている。

煮出した麦茶は、アルミのヤカンのまま水道で冷やし、そのままテーブル、もしくはちゃぶ台の上にドカンと置いておく、というのが普通だった。まんま、『サザエさん』とか『三丁目の夕日』の世界である。冷蔵庫に入れて冷やすための、プラスチック製の容器なんてものは、あの頃まだ存在しなかったのだ。

お客様には、氷を入れたグラスにヤカンの麦茶を注ぎ、竹とガラスで作られたコースターを敷いて出した。ウーロン茶も、生茶も、十六茶もないし、だいたいコンビニ自体がなかったのだから、冷たい飲み物と言ったら麦茶、ちょっと気取った家では、カルピス! のどかでした。

あ、そう言えば、麦茶にお砂糖を入れる奴もいたなあ。私は嫌いだったけどね。

歳がバレる?

そんなこと気にせず、どんどん行こう!

アルミのヤカンが台所から消えた頃から、麦茶を家でぐつぐつ煮出す家も少なくなった。日常的に家庭でお茶を入れる習慣自体が、だんだんなくなってきたせいだそうだが、お茶好きな私としては、残念でならない。だいたい、既に煮出したり、入れて時間のたったお茶が、缶やペットボトル入りで発売され始めたときは、ものすご〜く違和感があったもんだ。

「やっぱりお茶は入れ立てだろ!」と思う。

調べてみると、ペットボトルが世に出たのは1977年の醤油用が初めてで、清涼飲料水に使われ出したのは1982年から。1985年に世界で初めて缶入りで発売されたお茶は、伊藤園のあの有名な『お〜いお茶』なのだそうだ。伊藤園さんのホームページを見ると、お茶を入れるという日本人の心から若者が遠ざかっていくのを「これではいけない!」と考え、緑茶の大敵、“酸化”を防ぐための試行錯誤を繰り返して、製品化にこぎ着けたらしい。

ま、企業もいろいろ考えているわけで、その努力と熱意は認めよう。

それでも私は今でも、急須で入れるお茶と、ペットボトルのお茶は別の飲み物だと思っているけど。

ところで、最近ちょっとハマっているお茶がある。

これが『一保堂』の「いり番茶」。かなりデカイですが、なかなかいい雰囲気のパッケージでしょう? 横にあるのが中身の葉っぱです。たき火の後そのものですね。
これが『一保堂』の「いり番茶」。かなりデカイですが、なかなかいい雰囲気のパッケージでしょう? 横にあるのが中身の葉っぱです。たき火の後そのものですね。
京都の庶民のお茶、京番茶である。老舗のお茶屋さん『一保堂(いっぽうどう)』では、「いり番茶」の商品名で売られている。

このお茶に出会ったのは、4年ほど前だ。

私のマンションの近くに、豚の薄切りのロースを何枚も重ねて揚げる、“ミルフィーユとんかつ”の走りの『キムカツ』がオープンした。まだ今みたいに行列ができる店になっていなくて、ランチなんかいつでも入れた頃。ご飯も、ササニシキとコシヒカリのどちらかを選べたり、京都のお漬け物がついていたりと、人気のある今よりず〜っと丁寧なメニュー作りをしていて気に入っていたのだが、ここで出すお茶が京番茶だった。

初めて飲んだとき、クセのある味にちょっと驚いた。ほうじ茶と違った、かなりいぶりくさい風味。これが、脂っこいとんかつにめちゃくちゃ合う。思わず熱々をおかわりして、「このお茶、何ですか?」とたずねると、お店の人が「京都から取り寄せているんです」と教えてくれた。

さすが京都。いい趣味のお茶があるんだなあと思ったものだ。

その次にそのお茶に出会ったのは、今私が仕事のお手伝いをしている京都の染織家のサロンだった。そこで初めて、これが京都では日常的に飲まれている「京番茶」というもので、『一保堂』では、『いり番茶』の名前で売られているということを教えてもらった。

「安いお茶やで。お寺なんかでは、いつもヤカンに作り置きしとるよ」

袋の裏に書いてある入れ方の説明。ヤカンの絵がレトロでいい感じ。
袋の裏に書いてある入れ方の説明。ヤカンの絵がレトロでいい感じ。
あらま! かなり凝った作りの高いお茶なのかと思ったら、関東の麦茶と同じ身分だったのね。ちなみに、『一保堂』のものでも、200グラムたっぷり入って、たったの¥368! いかにも庶民的な茶色の袋に入っていて、デザインも昔ながらで味わい深い。作り方の説明には、あの懐かしきアルミのヤカンの絵が描いてある。

京番茶とは、その年最初の茶摘みの後、ヒザ丈程度の高さに切り落としたお茶の木の枝や葉、茎を蒸し、揉まずに葉が開いた状態のまま乾燥させ、最後に高温に熱した鉄板の上で、3分ほど強火で炒って仕上げるのだそうだ。炒ることによって、独特のスモーキーな風味が出るらしい。かなりのいぶり臭さなので、ダメな人もいるだろう。

私は、プーアール茶や、杜仲茶といったくせの強いお茶が大好きな強者なので、もう病みつきである。さっそく京都から買ってきてもらい、うちの定番にしている。

このお茶、葉っぱはたき火の燃えかすみたいな雰囲気で、最初はちょっとビックリした。うちにはアルミのヤカンがないので、大きめの鍋にお湯を沸かし、葉をドカッと2掴みほど入れて火を止めて15分。鍋の見た目は、枯れ葉に埋もれた水瓶みたいで、ちょっと、いや、かなり怪しい。でも、そうやって作ったお茶は、カフェインやタンニンの量が少ないので、京都では「赤ちゃんや病気の方に良いお茶」と古くから伝えられています……と袋に書いてあった。

夏の間は冷蔵庫で冷やして飲んでいたが、基本的には熱いのが好き。煮出して作り置きしておき、レンジでチンして熱々を飲みます。やっぱり番茶は出花に限りますもの。

私にとっての、都の香り。

合羽橋に行って、いり番茶用のアルミのヤカン、買おうかなあ……。

『いり番茶』
http://www.ippodo-tea.co.jp/zukan/zukan_37.html