早いもので、もう9月。今年の夏はたいへんな猛暑で、ここまで暑いと、切り花を扱うのも正直少し苦心しました。
そこで、今回は切り花から少し離れて、鉢物のお話をしてみたいと思います。フローラルデザイナーである私は、切り花を扱うことがほとんどですが、時々、鉢物の葉や花を仕入れ、鉢から切って、アレンジに取り入れることがあります。というのも、植物の中には、鉢物でしか出荷されていないものや、ほんの少しだけアレンジに取り入れたいけれど、切り花として売っている入手可能な最低単位数が多かったり、また鉢から切って使うほうが丈夫だったり、美しかったりすることがあるからです。アトリエのテラスでは、そうして使われる、ハートカズラ、グリーンネックレス、シロタエギク、ハゴロモジャスミン、アイビー、野ブドウなどを育てています。
ハートカズラは、その名の通り、小さなハートの形をした、つる性の植物で、かわいらしくもあり、個性的で目をひく存在でもあります。アレンジに入れると、必ずといってよいほど「何という名前の植物ですか?」と尋ねられます。また、アレンジに限らず、ウエディングブーケに取り入れることもあります。色合いが少しシックなので、落ち着いた色調のブーケや、秋を思わせるブーケのアクセントとしてピッタリです。数年前にご依頼をうけたウエディングでは、お客様が、紫ピンク系の大人っぽいブーケを希望され、ハートカズラを取り入れることをご提案したら、髪にもハートカズラをつけたいと、おっしゃいました。ほんの少しだけ個性的なヘアスタイルになられたいということで、花とともに髪につけた、さりげないハートカズラが、披露宴のゲストのあいだで、ちょっとした話題となっていたようです。
グリーンネックレスも、名前の通り、グリーンピースのような球状の葉がネックレスのように連なった植物です。夏のアレンジに取り入れると、たいへん涼しげな印象になるので、この夏も、鉢から切って時々使いました。
羊毛でつくったドーナツ、かわいらしく揺れています。
シロタエギクは、シルバー系の葉なので、これからの秋冬の季節、特にクリスマスの頃には、アレンジに取り入れると、うっすら雪をかぶった葉のようで、たいへん雰囲気がでます。以前、近所でよく訪れるドーナツ屋さんに、ちょっとしたクリスマスプレゼントをと思い、本当にささやかなアレンジをプレゼントしたことがありました。それほど大きなお店ではないので、大きなアレンジを差し上げたら、そのドーナツ屋さんも負担に思われるのではないかと考えましたが、そのお店らしい特別なものを差し上げたかったのです。花は、白のラナンキュラスだけですが、羊毛でつくったドーナツを思わせる、手づくりオブジェを取り入れてみました。このとき、大活躍したのがシロタエギクの葉です。シルバー系の葉が、このアレンジには相性がよいと思ったので、ほんの少しですが、シロタエギクの葉を切ってアレンジしました。ドーナツオブジェ!? の効果もあったのか、たいへん喜んでいただけたようです。
このように、鉢の場合は、葉物をアレンジなどに使うことがほとんどなのですが、つい2か月くらい前に、花のサイズも葉の雰囲気も、アレンジに取り入れるのにちょうどよい、紫色のベルテッセンを仕入れました。切り花ではあまりみかけないサイズでしたので、絶好のチャンスと、思わず飛びついてしまいました。スラッとした葉が、アレンジの流れをつけるのにピッタリで、チョキチョキと切ってすべて使い、葉が1枚もないほどの状態となってしまいました。ところが、その後、水を与えていたら、その頃の気候のよさも手伝ったのか、数日後には再び葉が出て、2週間もすると美しい花が咲き始めたのです。これにはかなり感動しました。葉物の鉢物もそうですが、植物が生きていることを実感した瞬間でした。これも“花のもつ不思議なチカラ”というところでしょうか。
おそらく、一般的には、そういうチカラは、切り花よりもむしろ、鉢物のような、根のついた植物から感じる、というほうが多いのではないでしょうか。毎年花を咲かせる植物は、地道に毎日水をあげていると、根っこや葉っぱで、すごく長い期間がんばり、花が咲く季節を迎えると、「こんにちは」と顔を出すように、不思議と必ず花や実をつけるのです。
小さいけれど、実がなると嬉しいです。
もう10年位前になりますが、ホテルの花屋で仕事をしていたとき、ブライダルフェアでイチゴの苗を使ったことがありました。そのフェアが終わった後は、残念なことにイチゴの苗は用済みにつき、処分するとのことだったので、その花屋で働いていた数人で、それぞれ自宅に持って帰らせていただきました。そのときのイチゴの苗を、今もアトリエのテラスで育てていますが、なんと毎年、数個の実をつけるのです。もちろん、味も形も売りもののイチゴのようではありませんが、花をつけて実になっていくのは、本当に嬉しい気持ちになります。花が咲いても、すべて食べられるくらいの実になるとは限らず、しかも、実をつけているのはわずか数日。1年、365日の何分の1に相当する日数でしょうか。でも、そのあいだのワクワクとした気持ちは、なんともいえません。
花の形も愛らしい、紫色のベルテッセン。
正直なところ、本当に最初の頃は、植物をうまく育てられず、次の年に花を咲かせられずに、枯らしてしまったり、また、枯れてしまったと勘違いし処分してしまう、ということもありました。水やりや肥料など、手をかけすぎてしまったり、逆に水をやらなさすぎたり、また、この場所に置くのがよいのかしらと、置き場所をあちこち動かしたり、育てるこちらの多少の不安な気持ちが、花に伝わってしまっていたみたいです。でも、今ではこちらがデンと構えて、手をかけすぎずそこそこに、そして、地道に水をあげて根気よく見守るのがよいのではないか、と思うようになりました。そして、少しずつうまく育てられるようになってくると、自分自身が花の気持ちになってくる気がします。土が乾いていると「喉が渇いているらしいから」水をあげようとか、株が成長してくると「根が張ってきて、この鉢ではきついらしいから」大きな鉢に植え替えてあげようとか、私の自己満足なのかもしれませんが、花の気持ちがなんとなくわかり、花と話ができる気がしてくるのです。
今年の夏は、鉢物にとっても多少厳しかったと思いますが、その分「喉乾いているわね?」「そうなの。お水が飲みたいなぁ」というような会話がたくさんできたような気がして、植物により一層近づけた夏であった、と考えています。
〜鉢物と少し上手にお付き合いするワンポイントアドバイス〜
「鉢物が上手に育てられなくて……」ということをよく耳にすることがありますよね。品種によって、育て方は千差万別ですが、基本は“日当たりと水”ではないでしょうか。暗い場所ではなく、明るい場所で、そして、水は土が乾いたらたっぷりが基本。人間と同じですよね。私たちも、ある程度の明るい場所が好きですし、喉が渇いていればお水が飲みたいですし、逆に喉が渇いていないのに、大量のお水を飲まされたら、うんざり。友人の鉢物のプロいわく「育てている植物を、子供や動物と考えれば……」とのことです。過保護も放任も要注意というところなのでしょう。また、子供は環境が変わることにすごく敏感ですよね。ちょっとしたことで体調を崩しちゃいます。鉢物の置き場所を次から次へと何度も変えないほうがよい、というのもちょっと似ている気がしますね。また、4〜5日旅行に行くのだけれど、そのあいだの水やりはどうしようかしら、と思う方がいるかと思います。鉢物のプロいわく、「信頼できる方に水やりをお願いするのがいちばんよいのでは。なぜって、子供や動物を4、5日も家に置いて旅行に行ったりしないですものね」とのこと。納得ですね。私も鉢物とのお付き合いは、生花に比べると短くて、まだまだ以心伝心とまではいきませんが、みなさんも、ふとした瞬間に鉢物をかわいい子供と思って接してみると、少しずつ心が通ってくるのかもしれませんよ。