Kimono Master 山龍の和-ism指南

Kimono Master 山龍
Kimono Master 山龍

第1回「着物ライフ」のススメ

山龍現る!

友達から、着物を作っている“スゴイ男”がいるから会ってみない? と誘われた。日頃から、“スゴイ奴”とか“変な奴”と聞くと、無性に会ってみたくなる性分。しかも、着物を作っている……というところにそそられた。新年会やパーティに着物で出かける、というのが、ここ数年の私のテーマだったからだ。これは運命の出会いか?

「着物なんて、普通に着たらええやん」

本真綿紬
本真綿紬(ほんまわたつむぎ・墨黒)…八掛は金茶色
暈繝本綴袋帯(うんげんほんつづれふくろおび)…黒糸は漆(うるし)、銀糸はプラチナで織った帯
挨拶代わりに着物への憧れを話すと、いかにも着慣れた感じの着流し姿で腕を組みながら、彼は憎たらしいくらいクールな京都弁で言った。彼の名前は山石康裕、通称・山龍。恐らく日本でただ一人の、染めから織りまで精通した染織家である。着物というのは、染めと織り合わせて140ほどある業種の職人技術が共鳴し合って出来上がる工芸品。それらの職人技をどう使って作品に仕上げるか、そのプロデュースとディレクトをするのが染織家なのだ。いうなれば、140種の職人を操る、オーケストラの指揮者のような存在。だから、彼にとっては、着物は“普通に着る”ものに違いない。

だけど、私たちは違う。そりゃあ日本人に生まれたからには、いつかは着物を着こなしてみたいという憧れはありますよ。結構着たらカッコイイかも……なんていう自惚れもね。しかし、何たって着物はあれこれ面倒くさい。どこで買ったらいいかわからないし、何から買ったらいいかもわからない。わけのわからない付属品が多いのもやっかいだし、第一着方がわからない。ライフスタイルに着物を着るというシーンがまったくなく生きてきた身には、“普通に着る”なんて無理難題である。普通にって、どこに着ていけばいいの?

「洋服でも着慣れてないとかっこよくないのと一緒で、着物も着慣れてないと全然かっこよくないの。だから、まずは着る。常に着る! あとは僕が教えてやるさかい!」

うじうじと迷っている私に、山龍は剛速球が投げ込んできた。

「はいっ! じゃあよろしくお願いします!」

思わすキャッチしてしまってから、“え?”と思ったが、もう遅い。かくして、Kimono Master 山龍師匠の、掟破りの着物の指南が始まった。

着物に惑わされるべからず!

私のような、右も左もわからない初心者は、まずどんな着物から着たらいいのだろう。

「洋服と同じ感覚で選べばええんよ」

といわれても、私はゴシック系の黒い服が好みなんですよ……。

「だったら着物も、黒っぽいのとか紺とか茶とかシックな色を選ぶべきやね」

そんなの地味……じゃありません?

「みんな着物やからいうて、力んでいきなりピンクとか黄色とか着るさかいに、自分の顔がとってつけたみたいになるねん。いつも黒着てる人がいきなりピンクの着物で現れたら、みんなびっくりするで!」

なるほど、目からウロコであった。着物というと、ついイメージしてしまうのは、明るい色目や季節の柄、華やかな刺繍。しかし、私のクローゼットには花柄もなきゃピンクもない。それだったら、洋服と同じ感覚でそれなりの着物選びをすればいいということなのだ。それに、今、街の背景は、高速道路やビルといったグレーが多い。それには鮮やかな色よりシックでダークな色が映える、と師匠。着物は着るだけで気合いが入るものだから、着物にまで気合いを入れなくてもいいということなのである。なるほど……。

山龍師匠は、初心者が着るなら、絶対に真綿紬だといい切る。真綿といっても綿ではない。絹の真綿だ。それを糸に撚って織ったのが紬である。紬は毛玉があるからざらりとした手触りで、滑らない。だから着崩れないのだとか。着物を着慣れない人(私です)は、身のこなしも着物の身のこなしになっていないから、つるつるの着物だと、一度トイレに行ったら着崩れてとんでもないことになってしまう。着崩れないようにするには、何本も紐を使うので、ボンレスハム状になってしまう。紬は着崩れしにくいから紐も少なくてすみ楽な上、軽くて丈夫で暖かい。おまけに、何度洗っても大丈夫、デニムより丈夫だと太鼓判を押された。

真綿紬は、絹でできたコットンと思えばいいのだそうだ。着込むほどに毛玉が取れて艶やかでしなやかになっていくため、昔は女中が毎晩寝間着として着て、3年ほどして本真綿の風合いが出てきたところで、それを洗い張りして奥様がお召しになったとか。染め替えていけば100年でも着られる、と山龍師匠はいう。

「ただ、みんな紬というと素人知識で、大島やら絣や縞の柄を選ぶやろ? 着慣れてないと、民芸茶屋の店員みたいになってしまうで(笑)」

着慣れるまでは、分相応に無地の紬を着ろ、ということか。なんだかパッとしないなあと思ったら、師匠が奥から着物と帯を持ってきて、目の前でコーディネイトして見せてくれた。颯爽……という言葉がピタリとハマるような、さすがの組み合わせだった。

「基本は、素材感とカラーコーディネイト! 洋服でもそうやん?」

それまで、パーティドレスとしか考えられなかった着物が、いきなり身近なものに思えてくる。山龍師匠のいう「普通に着る」とは、こういう事だったのか。そんなことも知らずに、さあ着物だわ! と舞い上がって買ってしまうから、巷の女性の着物姿は「なんやそれ!」の、勘違い、大失敗ばかりなのだと。着物に惑わされるな、落ち着いて己を見よ! の極意。

最近では、山龍師匠の教え、まんま受け売りで、「着物も洋服も基本は一緒なのよ」が私の口癖になっている。

(2006.11.18)