第11回
「書類をくれ」「弁護士に頼め」
東京地方裁判所で対応してくれた担当者と、同じ問答を何回も繰り返した挙句、最後には「いいから、とにかくください!」と叫ぶように言って、ようやく諦めた担当者から書類を受け取った。それを持って1階のコピーセンター(司法協会)へ向かうと、すでにコピー済みの書類一式を手渡された。最初からコピー済みの物が用意されているなら、なぜ、13階(民事第20部受付)で書類をもらわなければならないのか。私は再び腹が立ってきた。
弁護士を頼まない人の中には、自己破産などの法律について詳しい人もいるだろうが、大抵の場合は私と同様、たいした知識もなく、本を読んだり人に聞いたりして、手探り状態の人がほとんどであろう。普通の人は裁判所や警察署などへ行くと、慣れていない分、そこへ向かうという行為だけでも不安を覚えるものだ。それなのに、そこで対応する人が威圧的だったり、いかにもお役所的な対応で不親切であれば、余計に不安が増す。切迫した気持ちで、何とか今の状況から逃れようと向かった裁判所で、不必要な不安をあおられ、時間を取られ、無意味な形式を踏まされる。
自分の力で自己破産をしようと考えても、「弁護士に頼まないと破産管財人が入ったら大変ですよ」という窓口の人の言葉を聞いて、自力でやることを諦める人も多いだろう。自己破産をするにあたって、書類をもらうということは最初の一歩に過ぎない。その一歩でつまずき、他の方法を見出せずに結局また新たな金融業者から借金をして、更に自分を追い込んでいく人もいるかもしれない。
少し前の私なら、きっとその最初の一歩で諦めていただろう。自己破産の専門家である裁判所の窓口の人が、「弁護士に頼まないと無理だ」というのなら、きっとその通りなのだろうと思い、そのまま帰っていたに違いない。そして弁護士に頼む費用など到底用意できず、結局何もせずに終わってしまっただろうと思う。しかし、「今度だけは、絶対に逃げない」と決めていた私は、しつこく担当者に食い下がり、なんとか書類をもらってくることができた。
けれど正直に言えば、大した財産がなくても破産管財人が入るかもしれないということや、たかが書類をもらうだけでもこれほど「弁護士を頼みなさい」と言われるということに、私は大きな不安を感じた。腹が立った勢いで、強気になって書類を手には入れたが、本当に自分だけで自己破産は出来るのだろうか。結局その不安は、常に私に付きまとっていた。
こんなとき、債権整理やローンなどについてのコンサルティングをしていた澤田さんが生きていたら、私は迷わず彼に相談しただろう。澤田さんの気持ちに応えるために、せめて自分で借金の整理をし、絶対に逃げ出さず最後までやり遂げようと決めた私だが、何か問題にぶつかるたび、逃げ場であった澤田さんがすでにいないことを痛感させられた。澤田さんに相談すれば、きっと助けてもらえただろうと思う反面、だからこそ、今度は誰にも頼らず自分でやらなければならないという思いが湧きあがり、私の心は大きく揺れた。
実際に書類を前に書き出そうと思うと、「誰かに相談したい」という気持ちは更に大きくなった。いくら本を読んでも、ネットで調べても、私が抱えている事情と全く同じケースなどはあるはずがなく、書類に書き込むひとつひとつが分からないことばかりだった。全部で18枚ある書類の書き方を説明したものは、A3の紙1枚、しかも片面だけで、大まかなことしか書いていなかった。私は何度間違えてもいいように、もらってきた書類をすぐに何部かコピーし、とりあえず埋められるところから書き込んでみることにした。実際に書類を前に書き出そうと思うと、「誰かに相談したい」という気持ちは更に大きくなった。いくら本を読んでも、ネットで調べても、私が抱えている事情と全く同じケースなどはあるはずがなく、書類に書き込むひとつひとつが分からないことばかりだった。全部で18枚ある書類の書き方を説明したものは、A3の紙1枚、しかも片面だけで、大まかなことしか書いていなかった。私は何度間違えてもいいように、もらってきた書類をすぐに何部かコピーし、とりあえず埋められるところから書き込んでみることにした。
最初のページには「破産・免責申立書」と書かれており、私はそれを見ただけで、すぐに再び本を手に取った。なぜなら「免責申立」は破産宣告がなされてから1か月以内にすべきことと本には書いてあったからだ。だとすると、そのふたつが同時に出来る書類というのは、私が使うべき書類ではないのではないか、と思ったのだ。そして本に載っている書類の見本も「破産申立書」となっており、私はますます「間違った書類をもらったのではないか?」という気持ちになった。
しかし2冊の本を何回も見直した結果、東京地方裁判所に限り、破産宣告から免責決定が降りるまでの時間を短縮するために、同時に申立てが出来るということが分かった。そのページには氏名、生年月日、連絡先などの他、「申立ての趣旨」「申立ての理由」がすでに書かれており(図参照)、あとは署名捺印するだけになっていた。
そして2ページ目から7ページ目が「資産等目録」である。生活保護、各種扶助、年金などの公的扶助を受けているかどうか。不動産、現金、預貯金、保険(生命保険、簡易生命保険、障害保険、火災保険、車両保険など)、退職金、貸付金(お金を貸して、返してもらっていないもの)、売り掛け金、積立金、有価証券、自動車・バイク、電話加入権など、こと細かく書かなくてはならない。
不動産や退職金、売り掛け金などにつていは、まったく持っていないので、【無】に丸をつけるだけでよいのだが、私はまず「現金」のところで、ふと悩んでしまった。別の項目に「預貯金」があるということは、「現金」とは、今現在財布や貯金箱に入っている金額を指すのだろうが、例えば書類を書いている時に2万円持っていたとしても、それが提出日まで残っているはずはない。けれど逆に1000円しか持っていないとしたら、自己破産に必要な経費も払えないことになり、「嘘をついている」ということになりはしないだろうか。
買ってきた2冊の本には書類の見本が載っており、各項目ごとにどのように書くべきかの説明がしてあるのだが、「現金」について、「どの時点で持っている金額を書くのか」ということは書いていなかった。私は仕方なく、書類提出の当日、窓口でその件を聞くことにし、次に進んだ。
お金に困った時にすべての保険を解約したので、生命保険などはなかったが、アパートに入居する時に入った火災保険はあるため、今度はその保険の書類を探し出す。保険の契約書の写し、通帳のコピー、持っている人は有価証券や不動産登記簿など、それぞれを証明する書類も用意しなくてはならず、用意しなくてはならないものはたくさんあった。そして「財産等目録」の最後の方にあった、「購入価格が20万円以上のもの」(貴金属、美術品、パソコン、着物、その他)でまた引っかかった。
私は仕事柄パソコンを所持しており、ノートタイプのものもあわせると3台持っている。それらを記入してしまうと、「財産がある」とみなされてしまうのだろうか。更にその下には「事業設備在庫商品什器備品」という項目もあり、フリーでやっている以上、パソコンは「事業設備に当たるのではないか」と、また疑問に思う。そして、「過去2年間に処分・受領した財産」(過去2年間に処分・受領した財産で20万円以上の価値のあったもの)という項目まできて、私はいよいよ「一体どうやって書いたらいいのか」と頭を抱えてしまったのだった。