第15回
自己破産の書類も13ページとなり、残すところわずかとなった。ここから16ページまでは「債権者との状況」、「これまでの生活状況」などで、さほど難しい設問はない。唯一迷ったのは、これまでにも幾度か出てきた問題だが、「過去5年間に海外旅行へ行ったことがある」「過去5年間に10万円以上の物を買ったことがある」という「生活状況」の中の設問だった。この設問より前に「過去3年間20万円以上の買い物」という質問があったが、その時は3台持っているうち2台のパソコンがその条件に当てはまったので、それを書いた。しかし今回は「10万円以上」ということなので、すべてのパソコンが当てはまってしまう。更に「現在それはどこにあるか」ということも書かなくてはならず、今も所有していることを正直に書けば、「財産」とみなされる可能性が出てくる。
また過去5年間に2回、姉の住むアメリカに行っており、それについては「いつ、いくらで、どこへ行ったか」といったことまで書かなくてはならない。私は旅行の費用など正確には覚えていなかったが、分かる範囲でそれらの質問に対し正直に記入した。他にギャンブルや風俗、エステなどに通っていたか、投資をしていたか、他人の名義でお金を借りたことがあるかなど、私には関係のないことばかりだったので、「ない」の方に○印を付けた。
その次は「家計全体の状況」というもので、収入と支出に関して項目が設けられており、最近2か月分のものを記入するようになっている。私は光熱費などの領収書を出してきて、分かる範囲で正確に記入した。支出の部分には「借金返済」という項目もあり、それらを合計すると収入より支出が10万円近く上回っていた。「自己破産」までしようとしていて、今更ではあるが、私はその数字を見て改めて「やはりこのままではやっていけない」と思った。
これら18ページの書類とは別に「債権者一覧表」というものがあり、どこにいくら借りて、残金がどのくらいかということを書かなくてはいけない。最初に書類全部に目を通した私は、書類を書き始める前に、自分の借金額を計算しなおし、「だいたい200万円くらい」と思っていた借金が300万円近くに上ることが判明した。
以前取材した宗教家が言っていた、
「借金を抱える人は、自分の借金額を正確には分かっていない」
という言葉が再び私の脳裏をよぎる。借金額を正確に把握していなかったばかりか、自分が「借金を返していけるほど稼いでいない」ということすら分かっていなかったのだ。自分がつくづく借金体質の人間であることを、改めて痛感した。
家計簿もつけず、目の前に差し迫って支払わなくてはならないものから、順次払っていく。その途中でお金が不足すれば、また借りる。そんなことをしていては、いつかは破滅すると分かっていたから、現実を直視せずにいたのだ。私はいつも、現実から逃げていた。精神的に辛いことがあると、「今やらねばならないこと」から逃げ出していたように、借金からも、本当の意味で自立することからも、目を背け続けていた。本当に困ったときには、澤田さんをはじめたくさんの人たちが助けてくれることに、甘えきっていたのだ。
そして澤田さんが亡くなり、「本当に自立しなくてはいけない」と真剣に考え、甘えるのを止めた途端、収入より10万円も多い支出をどうすることもできず、自己破産するに至ってしまった。収入が増えたにも関わらず、ギリギリどころかまったく支出額に達していないという事実さえ知らずにいたことが、あまりに情けなく、自分自身に腹が立ってきた。
反面、ここまで自分ひとりで自己破産の準備をする中で、何回も「やはりひとりでは無理だ。止めてしまおう」と思っていた気持ちにもカツが入り、「どう考えても自己破産するしか道はない」と、肝が座った。私にはもう、迷っている時間はない。月末になってしまったら、また支払いの催促の電話がかかり始め、収入の全てを使っても、更に10万円を用意しなくてはそれらを乗り越えることができない。
私は書類の全てを書き終えると、最後に残しておいた「借金を払えなくなった経緯」ともいうべき陳述書の文章を書くことにした。
まず書き出しはどの時点からにすればいいのか。10代の頃のクレジットカードを持ったところからか。それとも勤め始めた頃のことからなのか、はたまた自転車操業をするようになる諸端からが良いのか。何回も本を読んだりインターネットで調べた結果、私は谷井企画に入社したところから書くことにした。
「19××年4月、高校を卒業し編集プロダクションに入社し、次の年、一身上の都合で谷井企画を退社」
陳述書は、そんな文章でスタートした。そこからは時系列にバイトを羅列し、デパート系クレジットカードを使い買い物をしたこと、フリーアルバイターをしている中で、生活費に困るとクレジットカードでキャッシングをしたことなどを書いていく。その頃にクレジットカードを使って作った借金は、一度すべて清算しているので、本にあった例文のように事細かに書かなくても良いだろうと判断したためだ。
谷井企画を辞めてから3年分くらいの経歴は、「カードを作った時期」を明確にするために書いたもので、さほど時間もかからずに書き進めることが出来た。問題はデパート系クレジットカード以外に、いわゆるローン会社から借金をし始めた頃からのことである。前述したが谷井企画を辞めてからさまざまなバイトを転々とした挙句、結局私は別の編集プロダクションに勤めるようになった。けれどそこもバイト扱いで、夜はスナックへ顔を出したり、時には谷井企画や他の会社からフリーで仕事をもらうこともあった。
昼も夜も働き、他の仕事もしていたため、フリーターをしていた頃の借金は全て返し、しばらくすると貯金も出来るようになった。その頃の私は観劇が趣味で、昼間の仕事をバイト扱いにしてもらったのも、チケットの取りやすい平日を、ある程度自由に休ませてもらうためだった。自宅だったこともあり、月に10本近い芝居を観に行き、かなりチケット代にお金がかかったが、夜のバイト料のほとんどを観劇に使っても、生活に困るようなことはなかった。
あの頃に貯めた貯金はどこへいってしまったのだろうか。昼間のバイトを辞めて、完全にフリーのライターになり、自宅を出て一人暮らしを始めた。そうなってからすぐに生活が逼迫した記憶がある。フリーライターになってからの生活は、あまりメリハリがなく、何年にどんな仕事をしたのか、記憶だけで書き進めることは困難だった。私は陳述書を書くのを一端止めて、自分の仕事の経歴と、借金が増えていった過程を、改めて書き出してみることにした。