第27回
「弁護士さんには5万円、支払ってください。これは自己負担になります」
扶助協会へ行って、「弁護士費用を立て替える」というのはあくまでも「立て替える」ということで、返済しなければならない。そのことだけでも驚いていた私は、「弁護士への支払い」という言葉に、本当に訳がわからなくなっていた。しかも、自己破産の手続きにかかる2万数千円も自己負担だという。

扶助協会で借りるお金が16万円、弁護士への支払いが5万円(「+税」と書類には書かれていた)、更に手続き費用2万4千9百円を合わせると24万円近くかかってしまうことになる。そんな大金は用意できない。そう思ったからこそ、弁護士を頼まずに自分でやろうとしていたのだ。堀田先生に会い、親身になってやってくださる姿に、「この先生にならお金を払ってもいい」と思ったことは確かだが、それにしても24万円とは!

しかし私の気持ちとは裏腹に、手続きはどんどん進み、再び待合室に出て、しばらく待たされることになった。
堀田先生に、どういうふうに聞けばいいのか、考えているうちに名前を呼ばれた。最初に行った受付に行き、書類を渡され、内容を確認して署名捺印するように言われた。その書類は、「決定書」というもので、「法的手続」という項目には「示談交渉」「調停」「控訴」などの言葉があり、私の場合は「破産申立」というところに丸がしてあった。

そして「決定」という場所には「裁判代理援助」、「着手金」が12万6千円、「代理援助実費」が3万5千円で「合計」は16万1千円。「代理援助報酬(報奨金)」という部分に「5万+税」と書かれていた。更に一番下の「特記事項」には、「予納金は依頼者負担とする。報酬は免責許可後、依頼者負担で5万円(税別)を直接弁護士にお支払いいただく。依頼者は収入不安定であるため現時点での償還月額は5千円が相当である」
とあった。

他に「代理援助契約書」「破産宣告で法律扶助決定を受けた方への注意」「よく読んでください(クレジット・サラ金用)」という書類と、今後毎月「扶助協会」へ返済していくための、郵便振替の手続き用紙を渡された。「代理援助契約書」は、私が援助者(甲)、堀田先生が受任弁護士(乙)として、自己破産申立の案件を依頼・受任したという契約書である。そこにも実費、着手金、報奨金とすべて記入されており、報奨金のところは「自己負担」となっていた。

「注意」は、今後クレジットなどでお金を借りると、扶助が取り消されるという内容が書いてあり、「よく読んでください」のほうには、今後の流れが書いてあった。弁護士に頼まずに直接扶助協会へ行った場合、扶助してもらえることが決定すると、扶助協会から弁護士を紹介されるので、その場合の手続きなどについても書いてあった。

次々に渡される書類の説明を受け、すべてに署名捺印し終わると、「扶助協会」での手続きは終了した。私はどこかで先生とゆっくり話ができないかと思っていた。24万円ものお金を、例え月賦でも払っていくことにはどうにも納得がいかなかったし、少なくとも東京地方裁判所へ行くまでに予納金の2万円を用意しなくてはならないことになってしまう。

しかし先生は扶助協会を出ると、ビルの目の前で手帳を出し、
「地裁に書類を提出しに行く日を決めましょう」
と言った。私は慌てて自分のスケジュール帳を出しながら、話を切り出すきっかけを探していた。すると先生が、
「そうそう、先ほど報奨金を払うようにと言っていましたが、それはいりませんから」
と言う。意味が分からず、何と答えていいか迷っていると、
「それは僕と平野さんの問題で、別に絶対に支払わなくてはいけないものではありませんから、いりません。それから16万円が僕のほうに支払われたら、10 万円を平野さんの口座に振り込みます。残りの6万円で予納金などを支払って、残りはすみませんが僕のほうでいただく、ということでいいですか」
と先生は言った。

予納金の残りと言ったら3万5千円くらいだ。先生は、それだけでやってくれると言うのか? しかも10万円を私の口座に入れるとは、どういうことだろう。
「毎月5千円でも返済が続くのは辛いでしょうから、最初に10万円、一度に返してしまったらどうですか。もちろん、毎月返していって、10万円はいざというときのために使っても構いません。そのお金の使い道に関しては、平野さんがよく考えて、いいように使ってください。僕は、長く返済を続けることより、先に10万円返してしまうほうがいいと思います」

私はそこまで聞いて、ようやく先生の言っていることが理解できた。
「もしも扶助がおりなくても、平野さんの負担にならないよう、5万円くらいの支払いで済むようにします」
と以前先生は言っていた。16万円を借りて、10万円をもらうということは、私の負担は6万円ということになる。しかも裁判費用なども支払う必要はなく、報奨金もいらないという。先生はそれだけ言うと、地裁に行く日を決め、自分はこれから別の用事で行くところがあるからと、駅に向かわずに帰ってしまった。私はかろうじて「ありがとうございます」と言ったきり、先生にろくな感謝の言葉も言えないまま、しばらくその場に突立っていた。

もしも自分で自己破産の手続きを続けていたら、確かに裁判費用の2万5千円で済んだかもしれない。けれどいまだに地裁に書類を受付けてもらえず、電車賃を使い、バイトを休んで収入が減り、しつこいくらいに催促の電話を受け、下手をすればどこかに支払ってしまっていたかもしれない。

6万円の借金になってしまったが、10万円の余裕があれば、少なくとも月々の返済に困ることはないだろう。10日後には地裁に書類を提出することができ、どこからも催促の電話はこない。普通なら20〜30万円かかるという弁護士費用が3万5千円で済んでしまった。とてもいい人に恵まれたことは確かだが、こういう巡り合せがあったこと自体、奇跡のように思える。自分なりに頑張っているつもりでも、自分ひとりさえ養えない稼ぎしかなく、電気も電話もガスも止められることが何回もあった。恋人をはじめ、大切な人がたくさん、私の側から永遠にいなくなってしまった。

けれど私は、決して不幸ではないと思う。

澤田さんに出会ったように、たくさんの人に助けられてきたように、何故か分からないけれど、不思議な縁で堀田先生に出会う事ができた。ずっと何かに、誰かに守られ続けている。だからこそ、「自己破産」にまで追い詰められた今回の過ちを、しっかりと自分の糧にして、これから歩んでいく道を切り開いていかなくてはならない。

堀田先生の後ろ姿を見送りながら、私は、私を守り続けてくれている何かに、そして誰かに、改めてそれを誓った。