Vol.30 バラの不思議な力

イヴミオラ花といえば、誰もがすぐに思い浮かべるであろうバラ。切り花として流通しているバラの品種は数限りなくあり、色のバリエーションもたいへん豊富ですが、その中でもとくに印象的な姿のバラがあります。

アンダルシア、オードリー、ケリー、ジル、マリア・テレジア、マハ、ティータイム、シルエット、ルナ・ロッサ、ローラン・ベー、イヴ・ミオラ、イヴ・シルバ・・・・これらは、市川恵一(いちかわよしかず)さんの手によって生み出され、生産されているバラたちの名前です。

先日、東京の世田谷市場で、およそ5年ぶりに市川さんとの再会を果たしました。市川さんは、オリジナル品種のバラを生み出している存在として、花業界では広く知られている方です。

展示会

生徒の展示会で作品に取り入れた5枚花びらの白いバラ“ジル”

私と市川さんが最初にお会いしたのは、2005年1月。ちょうど、翌月の2月に、教室生徒の展示会をおこなうことになっており、市川さんのバラ“アンダルシア”と“ジル”を花材のひとつとして使うことになっていました。せっかくなら、そのオリジナリティーあふれるバラを使った作品を展示するだけではなく、それらの栽培の様子や、市川さんのバラに対する思いも広く知ってほしいと思い、バラ園へ伺いお目にかかれるかを、手紙に書いて出させていただいたところ、「ぜひ、いらっしゃい」ということで、お忙しい中、お時間をつくっていただいたのが、最初の出会いでした。

東京から約1時間、静岡県の三島駅で新幹線を降りてから、車で10分ほどのところに、市川バラ園はあります。現在、何種類のバラを栽培しているのか定かではありませんが、バラ園にはいくつもの温室が立ち並んでいました。温室はつねに最適な温度が保たれ、毎日丹念に手入れをされたバラは週に3回花市場に出荷されています。温室内を見せていただいたあと、市川さんはお忙しいにもかかわらず、様々なお話をしてくださいました。

彼はかつて、いわゆる普通のバラを栽培していたとのことでした。しかし1990年頃から、オリジナルの品種を生み出してきたそうです。というのは、市川さんの心の中には、“そよ風になびくバラ”“庭から摘んできたようなバラ”をつくりたいという思いがあったからだそうなのです。

ティータイム

市川さんの手が添えられて幸せそうなバラ“ティータイム”

最初に生み出したバラは“ティータイム”。ピンク色をした一重咲きのものです。バラというと、花びら25枚以上がそれ以前の一般的な認識でしたが、ティータイムは5枚の花びらをもつバラです。

5枚花びらは、バラ業界にとって衝撃的な出来事だったといいます。ただ、その頃、世間ではナチュラル志向が強くなり、普通のタイプのバラよりも、繊細でナチュラルなものを好む傾向が強くなってきたため、5枚花びらのバラが人々に受け入れられたのではないかと、市川さんは話していました。

ティータイムのあとも、様々な種類のバラが生まれました。人々に、もっと多くのバラを知ってもらうために、単に色違いの普通のバラというだけではなく、形も色も様々なものがあってよいのではないかと思ったからだそうです。

そして、そのようなバラを提案することで、バラのすてきさや、その存在のありがたさを知ってもらいたいという思いがあった、と穏やかでありながら、とても情熱的にお話されていました。“花の後ろにある物語を伝えられるバラをつくりたい”というのが信念なだけあって、新たな品種にどんな名前をつけるかは、わくわくすることでもあるそうですが、同時に、時々少し気をもむことでもあるそうです。

アンダルシア

花びらのカールが特徴のバラ“アンダルシア”

ここで、花の名付けに関するエピソードをいくつかご紹介しましょう。

ジルは一重咲きの白バラですが、これは映画に出てきた妖精の名にちなみ、同じバラ園で仕事をしている市川さんの息子さんが名付けたそうです。たまたま見ていた映画の中の妖精が、まさにこの花のイメージにぴったりだったとのことで名付けられました。

そして、“アンダルシア”。自然に与えられた偶然の産物として誕生したこの花は、花びらがカールした情熱的なこのバラで、もしかしたらカルメンという名がついていたかもしれないそうです。

クリーム色のバラ“マリア・テレジア”も忘れてはならないバラです。オーストリアのシェーンブルグ宮殿の壁の色、マリア・テレジアン・カラーと呼ばれるクリーム色からヒントを得たそうです。

マリアテレジア

クリーム色の“マリアテレジア”とピンク色の“イヴ・ミオラ”でつくったウエディングブーケ

“マハ”はクリーム色がかったオフホワイト色のバラ。プラド美術館にあるフランシスコ・デ・ゴヤが描いた“裸のマハ”、“着衣のマハ”にちなんだ名前だそうです。

そして、“オードリー”。凛とした花姿は、もちろん、あのオードリー・ヘップバーンをイメージしたものだそうです。

市川さんにお目にかかり、様々な話をお伺いしてみて、決して技術だけではなく、感性を大切にしてバラを栽培されていると感じました。そして、バラ園を案内してくださった最後に「自分の子供と同じくらい、もしかしたらそれ以上にバラが可愛いんだよ。」とおっしゃいました。

そして私は、バラに手を触れながら話をする市川さんの幸せそうな笑顔を、今も鮮明に覚えていますが、先日、世田谷市場でお目にかかった時の、市川さんの目の輝きと笑顔もまったくかわっていませんでした。

はじめてお目にかかってから約10年。好奇心旺盛な姿勢と、バラへの情熱は今もそのまま。10年間の間に、お目にかかるチャンスが数回あり、ほんの少しの時間でもバラに関連した様々なお話をすることができましたが、これも花の不思議な力ならぬ、バラに不思議な力があるからこそ、だと思っています。


〜花屋さんでの時間が楽しくなるワンポイント〜

花屋さんでは、花の名前はもちろん、その花の品種名も記されていることがありますね。バラは品種が多く、品種名も様々だということは、記したとおりですが、ほかの花もいろんな品種名がありますよ。たとえば、スプレーマムの“ヨーコオノ”、ピンポンマムの“ボリスベッカー”など、人名のついたものもありますし、ガーベラの“パスタ”、ダリアの“ルナ”などは、その花色から品種名がついたのかな、と思います。花屋さんで、品種名の表示がなくても、どんな名前かしら、と想像しながら花選びをしてみると、より一層楽しい時間を過ごすことができるかもしれませんね。

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