Kimono Master 山龍の和-ism指南

Kimono Master 山龍
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第4回 奇跡の着物

着物はなぜ高い?

「私、着物を買ったの」というと、合い言葉のように返ってくるセリフが「へえ、高かったんでしょう?」である。

そのぐらい、着物は値段が高いというイメージがある。そして、確かに着物は高い。中には高級車ぐらいするものもあるわけで、素人には下手に踏み込めない領域……という、不気味かつ危険な匂いさえする。

なぜに着物はそんなに高いのか? 山龍いわく、

「着物いうのは、基本的にフルハンドメイドの工芸品やからね。高いのはしゃあないねん」

フルハンドメイド=手作り。着物に限らず手作りのものは何でも高い。特に着物は、織りや染めなどを始めとして、約140ある職人の技を選りすぐって作り上げるものだという。例えば柄を描くにしても、図案を考える人、反物に合わせてその柄を描きなおす人、生地に下絵を描く人など、全てに専門の職人がいる。実際に柄を描く職人も、その柄の部位によって細かく分かれる。何人もの職人の手を経て出来上がるまでに、平均で75日、ものによっては3年〜5年かかるものがあるのだそうだ。手作り=手間なのだ。

その手作りの妙を見てみいと、虫眼鏡の親分のようなバカでかい拡大鏡を渡され、刺繍や絞りを超どアップで見たことがあるが、恐るべき職人技を目の当たりにしたとき、全てが納得できた。機械よりも精密で、なおかつ、機械には出せないニュアンスのある素晴らしい仕上がりを見ると、感動と共に、それが数百万という値段になるのは当然と思えた。

洋服でも同じである。大量に機械生産できるものは安い。メゾンで職人達が手作りで1点1点仕上げるオートクチュールは、着物に匹敵する値段だ。そんなことはみんな知っているから、いきなりクチュールものをオーダーする身の程知らずはいない。まず手頃でカジュアルなものから買う。いろいろ着て試して、やっぱりこれは似合わなかった! という失敗も経験し、センスを磨き見る目を養い、自分に似合う物、好きな物を見つけていく。その過程で、素材や縫製、カッティングの善し悪しが肌でわかるようになり、ステップアップしていく。そんな我々の段階に合った選択肢が、洋服の世界には豊富にあるからだ。

ところが着物となると、うむをいわさず、いきなりクチュールものを突き付けられる。これ、ちょっとおかしいと思いません?

「そこやねん問題は。着物にはセンスを磨くプロセスがない。入門用の入り口がないねん」

そもそも山龍の理想は、

「式服でなく、普段のお出かけ着として、着物をもっと普通に、みんなに着て欲しい」

だったはず。しかしその一方で、

「着物は手作りやから高いのはしゃあない」

という現実の高い壁が立ちはだかる。この理想と現実のギャップこそ、彼の長年の課題なのであった。さあどうする、山龍!

10万円の着物マジック

奇跡の値段¥128,000の唐織り小紋(からおりこもん)『雪月花』
奇跡の値段¥128,000の唐織り小紋(からおりこもん)『雪月花』
そして、奇跡は起こった。暮れも押し迫った頃のこと。いきなり呼び出されて山龍のサロンを訪ねると、そこに黒い仕立て上がりの小紋があった。雪月花の織り柄の入った素敵なものだ。以前に着尺(反物)で見せてもらったことのある、確か百貨店価格50数万円のもの……だと思った。ところが、不敵な笑いを浮かべて山龍がひと言。

「これ、¥128,000やで。仕立てても¥15万以下! ハハハハ!」

うそ〜! 難もの? あっ、ポリエステルでしょ? それとも古着? まさか盗品?……混乱する私に、ますますしてやったりという表情の山龍。

「糸の質も生地もまったく変わらへんで。初心者だけでなく、着物のヘビーユーザーかて欲しくなる思うよ」

確かに、どこから見ても上質の唐織り(からおり)の小紋だ。そ、そんな馬鹿な!

「これな、福井県の絨毯用の織機で織ってんのよ」

いよいよ山龍の種明かしが始まった。手にしているのは、丸巻きの反物である。

「まず、着物着たことない人は、この小幅(こはば)で織らんならん意味がわからへんやろ。何で洋服みたいにもっと広い幅で織らんの? って」

確かにそういわれてみればそう思う。何でだろう?

「着物いうのは、丸巻きの反物で納めるいう古い習慣があるからなんよ。昔の人は、自分で仕立てたり、専属の仕立て屋がいたから、反物で持って帰らはったの」

つまり、昔は1尺幅(約40cm)の反物自体が商品だったということだ。しかし、今は反物で買う人はまずいない。それなのに、反物で納品する習慣だけ残っているので、反物の状態でどこかにちょっと織りキズでもあれば、キズもの扱いになってしまう。実際に仕立てたとき、裏地に隠れて見えなくなる部分のキズでさえも認められない。そのロスを見込んでいる分、値段は高くなる。これぞ価格設定の裏事情。その、時代遅れの丸巻き規格の考え方を、まずやめにした。

色のバリエーションは、黒、茶などの濃い色から、ピンク、黄色、水色などの淡い色まで全20色
色のバリエーションは、黒、茶などの濃い色から、ピンク、黄色、水色などの淡い色まで全20色。“露縞”(つゆしま)という、きれいなストライプ状の織り地に、『雪月花』『貝あわせ』『しだれ藤』『桜』『源氏香』などの柄が織り込まれている。柄なしだと¥98,000。なんと¥10万を切ります!
次なる種明かしは、機械生産。それも、京都には小幅用の織機しかないし、新しく広幅の機械を買うのは高いので、絨毯織りの本場、福井に目を付けた。幅2m40cmの絨毯用織機で織ると、反物6本分が横一列で1度に織れる。しかもスピードは手織りの3倍。絹糸や紋紙(もんがみ)という織り柄のパターンは、従来あったものを流用することでコストをカット。それを、海外でもレベルが高いといわれるベトナムで仕立て、初心者でも気軽に買える、仕立て上がり15万円を軽く切る奇跡の価格が実現したというわけだ。

「こういう、安くていいものが入門用にあれば、という気持ちで僕は作ったんやけどね。初心者にまず知って欲しいのは、いい絹の感触、ホンモノの着心地なんよ」

ホンモノで入門すれば、粗悪品を見分ける目も育つという。そして、次に少しいい帯を買い足そう……というように、単品で買い足していく内に、コーディネイトの感覚も身に付く。例えば、ポリエステル製人工シルクの低価格の着物があるが、重さが1.2kg、こちらは680g。着心地がまったく違うのだという。正に、オールハンドメイドのクチュールの良さを知り尽くした上での¥128,000ということ。もちろん、小ロット生産の利く工場の開拓、退色しない染料の工夫などの苦労もあり、実現まで数年かかってはいるが……。

それにしても、今までどうしてこういう価格帯を作る努力がなかったのだろうか?

「呉服屋の平均客単価はだいたい35万円やねん。そやからこんなエエもんがこの値段でどんどん売れたら、えらいことになってしまう。でも僕は、着物を着る若い人が増えていかん限り、この業界ダメになると思うから、どうしても入り口を作りたかった」

フルハンドメイドの高い着物をいかに売るかでなく、その値段の意味と価値が本当にわかる人がもっと増えたら、着物の認識も変わる。着る人ももっと増える。

そう! 理想と現実のギャップを打破したは、奇跡なんかじゃない。自信とプライドに裏付けされた確信のなせる技だったのである。

(2007.2.4)