よりどりみどり〜Life Style Selection〜


人生最大のお買い物 3

人の金銭感覚には、不思議な落とし穴が存在する。例えば、牛乳1パックを238円で買った後、別のスーパーで198円で売っているのを発見すると、とっても悔しかったり、同じものが20円安いとしたら、少し遠くてもわざわざその店に行って買うというくらい、数十円という金額に一喜一憂するくせに、ん千ん百万という額のマンションの話になると、百万単位で鈍感になってくるのだ。

最長で35年なんていうローンを組めば、数百万の差があったとしても、月々の返済額の差は大したことないので、よけいに気が大きくなってしまうのだろう。購入するマンションが決まり、最終的にどの部屋を選ぶかという段階で、私はまさにこの落とし穴にはまり込んでしまった。

最終候補の2つの部屋の価格の差は、約1000万円。当初の予算で言えば、安い価格のほうが妥当である。しかし、当然ながら、高い部屋のほうがいい。しかも、返済額は不可能な金額ではないのだ。買えるかも! と思ってしまうと、そりゃあいい部屋に気持ちが傾くでしょう? おいおい、1000万って言ったら、ポルシェが買えちゃうぜ! と思うかもしれないが、最小単位が100万レベルの買い物に頭が行っていると、ポルシェもフェラーリもど〜んと来いなのだ。

よっしゃ! これから頑張って働いていく励みにもなるから、思い切って1000万アップ! と、都合のいい前向きな理由をつけてやっと高いほうの部屋に決めたとたん、会計士のS氏と銀行の融資担当から物言いがついた。

「お貸しできないわけではないのですが、本当にこの金額で大丈夫ですか? これから何十年も支払って行くのですよ。余裕のある額にしておいたほうがいいんじゃないですか?」

そんな〜。じゃあ、余裕のある額っていくらなのよ! 来年病気になるかもしれないとか、いきなり仕事がなくなるかもしれない……なんてことを考えたら、マンションなんてはなから買えやしない。ああ、なんでこういう人たちは、万が一とか、もしものことばっかり考えるんだろうか。そのくせに、もしかしたら宝くじで3億円あたるかもしれないとか、収入が10倍になる可能性なんてことは全く考えてくれない。

後ろ向きの“もしも”と前向きの“もしも”。私は、どうせだったら前向きの“もしも”を見据えて生きていきたいタイプなのだ。そんな“もしも”があるから、目の前の現実に、明るく元気に立ち向かって行ける。人生大博打、大いに結構! 私の人生だ、文句あるか! とは言うものの、お金を貸すほうには、こういうのって、やっぱり危険思想ですよね、はい。こんな感じの堂々巡りで、なかなか決心がつかなかった。

逗子のK美は、「ちょっと無理かなと思っても、実際はなんとかなっちゃうものよ」と、イケイケどんどんの過激派である。彼女に発破をかけられて勢いつけて銀行に行くと、またまた保守派に諭され、気持ちが揺らぐ。この繰り返しで、私はだんだんすべてが面倒くさくなってしまった。こんなに悩むんだったら、もうマンションなんていらない! 別に賃貸でもいい! 毎日ああだこうだ悩むのは、もうたくさんだ!

1年以上頑張って探し回り、いろんな人に助けてもらってやっとここまで来たのに、ちゃぶ台ひっくり返してやめちまえ〜〜! という、最悪の筋書きが見え始め、私の『マンション購入への道』は暗礁に乗り上げるかに見えた。

そんなある日、二つの間取り図を見つめては、ああでもないこうでもないと袋小路に迷い込んでいると、Y子から電話がかかってきた。この連載の第1回『ミンクと乙女心』で、毛皮の迷アドバイザー振りを発揮した親友のY子である。何の用事で電話してきたのかは忘れたが、彼女の「マンションは決まったの?」という言葉に、私の憂鬱が爆発した。自分で全く決めきれず、他人に意見を聞いても、決定的な結論は出ないという現状を一気に話した。たぶん、ああだこうだとうっとうしい言葉を並べていたと思われるが、Y子はちゃんと最後まで聞いてくれた。

そして、ポツンとこう言ったのだ。
「私は、やっぱり無理をしてほしくないな。今無理をしてそれを手に入れたら、そこがゴールになっちゃうじゃない? それ以上上に行けないでしょ。でも今、少し我慢しておけば、もっと上を目指せる。別にここでゴールを決めなくたって、ここからまた上に行くことを考えればいいんじゃない?」

まさに、神の声であった、この一言で、私のモヤモヤはすっかり消えた。彼女の言葉は、私が迷い込んでいたラビリンスから、ものの見事に救い出してくれたのである。

「そうだよね。これで私の人生が決まるわけじゃないもんね!」

そうなのである。この1000万円の差に、人生賭ける必要はないのだ。だいたい、もしどうしても高いほうの部屋が欲しかったら、この性格である。誰がなんと言おうと、迷わず決めていたはずなのだ。それがここまで決められなかったのは、その1000万円の差額に最終的な価値を見いだせなかったからなのだ。大博打の人生観と言えども、私の場合、決して破滅型ではなく、そこには直感的な理性と常識が働いていたのに違いない。ま、早い話、そこまで馬鹿ではなかったということだろう。

そうだそうだ、住みたい家なんて、他にもたくさんあるんだ。まずはここからスタートして、上を目指せばいい。それまでの悩める日々が嘘のように、私はすっかり晴れ晴れとした気分になり、会計士も銀行マンも胸をなで下ろして、一件は落着した。

それから不動産屋に契約金を払い、待つこと1年半。ちょうど5年前の平成11年に、私は生まれて初めて、自分の家を手に入れた。リビングからは恵比寿ガーデンプレイスと、白金の自然教育園の森が見え、ニューヨークのセントラルパークの近くに引っ越したみたい。かなり満足のいく買い物だったと思う。そして、いろいろな人に助けられながらも、よくもまあこんな大きな買い物ができたものだと、あらためて思った。

画像マンションを買ってもう一つよかったと思うのは、自分の今立っている場所を、いろいろな角度から確認すことができたということだ。ローンを組むための銀行とのやりとりで、自分の社会的な価値が否が応でも見えてくる。嫌らしい言い方だが、国(国民金融公庫)や銀行が貸してくれるお金の金額は、私の現在の値段とも言える。

もちろん、人の本当の価値はそんなものではないが、社会とか法律といったはかりだけで量るとそうなるのだ。そして、それに伴って、固定資産税のような社会的約束事がまとわりついても来る。いろいろな手続きで、区役所や法務局に通うなんて、初めての経験ばかり。それまで、ごく狭い世界で、いっぱしのプロを気取って生きてきた私だが、まだまだ独り立ちなんかしていなかったのだなと痛感した。

あれから5年。我が家も住み心地のよいかたちに仕上がり、快適な生活を送っている。このコラムを書くことになったので、先日Y子に「あのときの一言で、本当に私は目が覚めたんだよ」という話をした。

すると、Y子はすっかりそんなこと忘れていたらしく、

「私、なんて言ったんだっけ?」

と、聞き返してきた。私は、そのときの彼女の言葉を言い、改めて感謝の気持ちを込めて、彼女にお礼を言った。するとY子はきょとんとして言ったのだ。

「ええっ! 私って、そんないいこといったの! すっご〜い! その言葉、参考になった。覚えておかなくっちゃ! アハハハ」

うわっ! 所詮他人のアドバイスなんて、その程度なのである。5年目にして、またひとつ勉強になりました。