よりどりみどり〜Life Style Selection〜


カーテンコール

高価な買い物をしたとき、「ついに私のものになったわ!」という充実感を、いったい人はどの時点で感じるものなのだろう。

例えば宝石。これは、宝石店で丁寧に包装された品物を受け取ったときではなく、それを家に持ち帰り、キラリと輝く代物を身につけ、その姿を鏡に映した瞬間ではないかと思う。それが車の場合だったら、ディーラーから車の鍵を受け取ったとき? いや、違う。鍵を受け取り、初めて自分でエンジンをかけ、その辺を走ってから、慎重に車庫入れを済ませて車を降り(ここでもまだだ)、キーをチャラチャラさせながら、ふと我が車を振り返った、まさにその瞬間なのだ。

では、マンションはどうだろう?
画像1私の場合、それは部屋にカーテンが付いたときであった。私の場合、晴れて部屋の鍵の受渡日を迎え、自分の専有物となった部屋に入っても、「自分の家を手に入れた!」という、こみ上げる感動はあまりなかった。「ふ〜ん、こんなもんか……」という程度。なぜなら、家具も何もないただの部屋というのは、ものすごく殺風景で、間が抜けているのだ。かつて、ドキドキしながら見たモデルルームは、インテリアコーディネーターが腕によりをかけて選んだ家具やカーテンやインテリア小物によって、それはそれは厚化粧したものだったことにハッと気づく。そう、スッピンの部屋は、単なる箱なのである。もちろん、壁紙や窓枠、立体的な天井、フローリングの床など、その価格に応じた気遣いは施されてあるが、箱は箱だ。モデルルームそのままのイメージを胸に臨むと、かなり出鼻をくじかれてしまう。

そしていざ引っ越し。山積みの荷物をほどき、家具を入れ、やっと自分の家になった〜〜!  と思いきや、それでもな〜んかまだしっくりこない。なんというか、部屋にぬくもりがないというか……どうも落ち着かない。その理由は、引っ越して数日してわかった。カーテンがないからなのだ。

カーテンというのは、たかが布きれであるが、部屋の中でかなりの面積を占めるので、とても重要だ。故に、選ぶのにどうしても慎重になる。私の場合、ただでさえ完璧にリサーチし尽くさないとものが買えない性分なので、カーテン選びには、人一倍時間がかかった。あまり柄がうるさくなく、色も同系色でまとめられたもの。大げさなヨーロピアン調ではなく、できれば和にもしっくりくる雰囲気……メージはだいたいこんな感じだったのだが、いざ探すと、それが意外とない。よ〜し、こうなったら、気に入るカーテン生地と出会うまで妥協しない!……そう決意してしまったのが運の尽きで、私のカーテンなしの宙ぶらりんな新居生活は、なんと3か月。そう、カーテン生地探しに3か月もかかったのだ。

その間、ベッドルームだけは、カーテンなしでは日の出と共に起こされてしまうので、前のマンションで10年も使っていたカーテンを仮に付けて誤魔化した。窓のサイズが違うので、10数センチ寸足らずという間抜けさ。新築マンションも台なしだ。ここまでくると、悲しみというより、笑いがこみ上げてきたが、これもすべて、完璧な家造りのためだ、我慢、我慢!

実は、入居直前に、ヤマギワのショールームで開かれた、家具とカーテンの展示会で、それは素晴らしいカーテン生地を見つけたのだ。スイスのフィスバ社の製品で、グリーンがかったベージュに、落ち着いたツル花の柄。花は光沢のあるシルクで織られていて、それが光に当たって、上品に光る。よしこれだ! ところがどっこい、ベランダの出入り口や窓のサイズに合わせて生地の見積もりをとってみると、思わず絶句してしまうほどの金額だったのだ。生地のスワッチに貼られた価格を見ると、普通140センチ幅で1メートルあたり¥8,000〜¥12,000といったところなのに、その生地ときたら、¥30,000近くするものだったのである。百貨店のインテリア売り場にいた友達に聞いたところ、フィスバといえば、ヨーロピアンファブリックの頂点と言われる高級ファブリックブランドだとか。ウーム、さすがに私の目に狂いはない!……と納得している場合ではない。この生地でカーテンをオーダーすると、平気で¥100万ぐらいになってしまうのである。

いくらカーテンにはこだわりたいと言っても、今後10年以上も住宅ローンを払い続けなければならない身としては、かなり辛い。え〜い、この際思い切って! と、何度も清水の舞台から飛び降りそうになったくらい気に入ったものだったが、さすがに分不相応と諦めた。しかし、この出会いと別れが尾を引いた。なまじ気に入った生地と出会ってしまったが故に、その後、納得できるものがますます見つけられなくなってしまったのである。

この迷路から脱出する方法はただ一つ、自分で選び、決めることだけだ。3か月の間、私はとにかく東京中のインテリアショップ、ファブリック専門店を見て回った。テキスタイル飯田、インハウス山田、ドイツのクリエーションバウマン社やジャブ社のショールーム、ナショナル・トレーディング。果てしなき生地探しの旅は続き、納得のいかない新居での生活にも、そろそろ嫌気がさしてきて……。

そんなある日、青山のベルコモンズの地下に『インテリアデコア』という家具屋を見つけ、何気なく入った。アンティーク調のヨーロッパ家具や鏡などの小物が、比較的安い。ちょうど鏡も欲しかったので店内を物色していると、なかなか趣味のいいカーテンが数枚下がっているのを発見。すかさず店員に聞いてみる。

「ここ、カーテンもオーダーできるんですか?」
「できますよ。生地はどこのブランドのものでも取り寄せられます。生地見本帳も揃っていますよ」

私にとっては、天の助けであった。『インテリアデコア』は、インテリアコーディネーターが数人でやっている店で、無料でコーディネイトの相談にも乗ってくれるという、まさにめっけもんのインテリアショップだったのだ(残念ながら、今はなくなってしまいました)。

私はさっそくコーディネーターの女性に家まで来てもらい、生地のことや、カーテンのデザインなどを相談した。ベランダの出入り口は、ギャザーをたっぷり取った普通のカーテンでいい。窓はローマンシェイドにしたほうが、部屋がすっきりするとのアドバイスには、なるほどと納得。シェードの両端にタッセルを付けたら素敵では? という私の提案は、彼女も賛成してくれた。あとは生地だ。私がそれまでどのくらい見て回ったかという苦労話をすると、

「それはすごいですよ。我々が知ってるショップは全部見てますね。小野さん、コーディネーターになれる!」

と褒められた。これって、素直に喜んでいいんだか……。

画像2 こんな風に何度か会ってコミュニケーションをとっている内に、だんだん彼女も、私の好みがわかってきたらしい。ある日、彼女が店の事務所の奥から、1枚のスワッチ(生地見本の端切れ)を持ってきた。たまたま1枚、カタログに挟まっていたものだという。オランダ製の落ち着いたグリーンのジャガード織り。その色合いと、うるさすぎない花柄に、ついに私の感性がピピッと反応したのだ。これなら、いい感じかも! よし、これに決めよう!

こうして、一人のコーディネーターとの出会いで、念願のカーテンができあがった。余った生地で、テーブルランナーも作ってもらった。取り付けが終わり、おもむろにカーテンを閉めてみる。ライトに反射して、ジャガードの花柄が品よく浮かび上がる。大満足! ソファに座って、また違った角度から眺め、再び満足。あ〜、やっとカーテンが付いたのだ。

翌朝、カーテンから薄く朝日が透けるリビングに立ったとき、私はしみじみと実感した。ああ、ここが私の家だわ!