よりどりみどり〜Life Style Selection〜


ミラクル餅つき

明けましておめでとうございます!
2004年は、台風に地震、とどめの津波と天変地異の雨あられ。大晦日には大雪まで降って、首都高が一時全面通行止めになるなど、いやはやどたばたのエンディングであった。しかし、それでも年は明けるわけで、お正月になったとたん、ぽっかぽかの日差しが静かな都会を包み、ああ、今年も頑張ろう! なんて、真面目に決意を新たにしたりしてしまう。

お正月と言えば、やはりお雑煮である。私は子どもの頃から、おもちが大好きだった。特にお雑煮は、お正月じゃなくても、日々の献立に時々登場してほしいなあと思うくらい、私にとってフェイバリットな食べ物である。実際、一人暮らしをするようになってからは、真夏でも、突然お雑煮が食べたくなり、切り餅を買い込んで作って食べたりしている。

我が家のお雑煮は、おすまし仕立ての江戸前だ。鶏肉と鰹節で出汁をとり、なるととかまぼこ、小松菜に三つ葉、そしてゆずをちょこっと添える。そこに、焼いて少しこげ目を付けた四角い切り餅を入れる……このこげ目の香ばしさが、とっても大事なのだ。おもちは、たぶん杵つきがおいしいのだろう。子どもの頃は、父親の実家で親戚一同が集まっての餅つき大会が開かれ、そこでついたお餅を分けてもらっていた。大きな地主の家だったので、そこは“本家”などと呼ばれていて、気分は犬上家の一族。幸い、殺人事件はなかったけどね。

時代の変化と共に、その餅つき大会も開かれなくなり、その後は米屋に注文していたのだが、今から20数年前、突然東芝が、全自動餅つき機という夢のような機械を家庭向きに発売したのをご存知ですか? その名も『もちっ子』。お餅なんて、だいたいお正月ぐらいしかクローズアップされないものなのに、なんでわざわざ家庭用餅つき機なんかを開発したのかよくわからないが、私のような餅好き女にとっては、それは正に夢の発明であった。

この『もちっ子』、何がスゴイって、本当にこれ1台で、餅米を蒸かすところからつくまで、すべてこなしてしまうのだ。大きさは、電気炊飯器の倍ってところだろう。炊飯器と同じような、内側がテフロン加工の釜があり、その真ん中軸が出っ張っていて、そこに羽根のようなものを取り付けるようになっている。まず、充分に水を吸わせた餅米を、羽根もセットしたこの釜に入れ、「炊く」のボタンを押す。これは要するに餅米を炊くだけのことなので、炊飯器の機能と同じ。さほど驚くほどのものではない。

餅米が炊きあがるとブザーが鳴る。さて、この機械の本領発揮はこれからなのだ。蓋を開けると、ふっくらモチモチに炊きあがった餅米くんが、ツヤツヤの笑顔でこんにちは。その笑顔に応えるように、すかさず「つく」のボタンを押す。このあと釜の中で起こる一部始終は、あまりにドラマチックで感動的なので、毎回つい最後まで見届けたくなってしまうほどだ。だから、初めて『もちっ子』で餅をついたときは、家族全員『もちっ子』を囲んで車座になり、頭を寄せ合って見入ってしまった。

ボタンを押すと同時に、モーターがうなりを上げ、餅米の塊が少しずつ動き始める。そう、炊いた餅米の中に埋もれている翼が、微妙に回転を始めたのである。粘りけで釜の壁面に踏ん張っていた餅米たちも、モーターの力には勝てず、壁面からはがれ、中央に割れ目ができて、ゆっくりと撹拌され始める。つまり、羽根が餅米をこね始めるわけだ。ここでもし翼が一方向に回転したら、餅米がからんだまま、ぐるぐる回るだけの大バカ者になってしまうのだが、ここが東芝さんの研究の成果! スクリューのように、微妙な角度のついた羽根が、腰を振るように、右、左、右、左とツイスト運動をしながら回転することによって、餅米が少しずつ潰れ、こねられていく。まるで生き物のように、釜の中を羽根に操られて、丸くまとまりながらモチモチと伝い歩きしてうごめく餅米のかたまり。この可愛さには、思わず笑ってしまう。

さらにスゴイのは、ときどき起きる反転運動である。餅米がだんだん餅につきあがっていくと、丸くまとまって、羽根といっしょに回ってしまい、撹拌されなくなってくる。そうなると、餅つきではなくなってしまうので、それを防ぐために、時々羽根が止まり、停止したままその場でツイスト運動をした後、今度は逆方向に回転し始めるのだ。そう、杵で餅をつくとき、しゃがんで手に水を付けて、絶妙のタイミングでこねる相方がいるでしょう? まさにあの感じ。いやあ、たった直径25センチほどの釜の中で繰り広げられるこのドラマには、感動すら覚えてしまう。

こうして、みるみるうちにつきあがった餅は、粘り、腰ともに申し分なし。スーパーで売っている真空パックの切り餅なんかよりはるかに美味しいし、米屋の餅よりキメが細かいかもしれない。おまけに、つきたてにそのままきな粉をまぶして食べるなんて言う楽しみも味わえる。この機械を開発したグループは、この羽根の動きや角度に至るまでに、いろんな苦労を重ねたんだろうなあ。たかが餅つき、されど餅つき……。その後、パン焼き機や、そば打ち機が発明されたが、その構造の原点は、まさしくこの餅つき機であると私は思っている。この間、デロンギ社のアイスクリームメーカーを買ったのだが、その撹拌の動きや羽根の感じは、この餅つき機にそくりだった。

この『もちっ子』は発売と同時に結構話題になり、ヒット商品となった。当時学生だったうちの妹は、電気店の店頭で実際に餅をついて見せ、客に試食させるという「餅つきキャンペーンガール」(と言うのかどうかは定かではないが)のバイトまで始める入れ込み様だった。彼女はそこで、つきたての餅で鏡餅を作るという技を習得し、20年以上たった今でも、年末の餅つきと鏡餅作りの担当にされている。

我が家に感動をもたらした餅つき機『もちっ子』は、なんと今も健在。1年に1回しか使わないのだから、そりゃ長持ちするわな……という話であるが、家電は適当な時期に買い換えるよう、たいてい寿命が決まっているという暗黙の了解が出来上がる以前の、古き良き時代の産物のせいなのかもしれない。

去年の年末も、初代『もちっ子』がせっせと餅をつき、妹が手を打ち粉で真っ白にしながら、かわいい鏡餅を作った。おせち料理も、きんとんから黒豆、田作りなどといちいち全部作る家庭は少なくなったというこの時代。餅まで家でつく家なんか、東京で我が家以外に何件あるだろう。今回はちょっと小技を効かせて、ゴマを混ぜた手作り餅で作ったお雑煮は、やっぱり美味しかった。

でも、もしこれが壊れたら、さすがにわざわざまた餅つき機なんか買うことはしないだろう。すっかり時代遅れの風貌ながら、今でもいい仕事してまっせ! の初代『もちっ子』には、これからもず〜と壊れずに頑張ってほしいと思う。