なでしこ、ナデシコ、撫子。ここのところ、とてもよく耳にする花の名前です。ナデシコには様々な品種がありますが、どれも花びらがはかなげで、繊細な印象。ちなみに、なでしこジャパンの由来となった大和撫子(ヤマトナデシコ)は、可憐で繊細だけれども芯の強さを兼ね備えた日本女性を現す言葉として知られていますが、これもナデシコの数ある品種のひとつで、カワラナデシコの異名としても用いられているようです。
このアトリエにも、濃いピンク色をした鉢植えのナデシコがあります。毎日の水、そして肥料は、ほんの少し与えているだけですが、繊細な花姿に比べて根がしっかりと強いのでしょうか、この季節には毎年花を咲かせ、先日も愛らしい姿の花に出会えたので、今年はいつになく写真におさめてしまいました。
ナデシコは、秋の七草のひとつ。七草粥で馴染みのある春の七草に比べ、秋の七草はあまり親しみがないかもしれませんが、ハギ(萩)、ススキ(薄)、キキョウ(桔梗)、オミナエシ(女郎花)、フジバカマ(藤袴)、クズ(葛)そしてナデシコ(撫子)がそうです。
四季のある日本では、七草をはじめ、それぞれの季節ならではの、美しい花々に出会え、また伝統的な行事には、季節の花がしばしば顔を出します。お雛様の桃、お花見の桜、端午の節句の菖蒲、そして、花ではありませんが、お盆のほおずき、冬至のゆず湯。これら、花の名前を聞くだけで、すぐにどの季節かわかるほどです。
淡いピンク色のナデシコを取り入れ、京都のイメージでつくった和風アレンジ
ちょうど先日も、ナデシコを取り入れたアレンジをつくりました。和風のアレンジをギフトとして届けてほしい、というご依頼を受けた時のことです。京都にお住まいの方から、東京にいらっしゃる方へのギフトで、「京都を感じるようなアレンジを」というリクエストでした。京都といえば、和風なアレンジというのは、いうまでもないことですが、特にこの季節の京都は、暑い夏を少しでも涼しく感じるように演出しているイメージが、私にはあります。そこで、花はナデシコなどの繊細で野草風のものを取り入れ、涼しげな色合いにしました。花と花との空間をほどよくとり、また、器にも私なりの工夫をほどこしたのです。
京都は嵯峨野に竹林が広がることでも有名ですから、器に竹を使うことを真っ先に思い浮かべました。しかし、単に竹を使うのは、多くのフラワーデザイナーもおこなっていることです。なんとかオリジナリティのあるものを、と思った結果、ニューサイランという葉を細く裂き、舟形バスケットのまわりに根気よく巻いて、土台がどんなバスケットだったかわからなくなる程に、取り付けました。葉の色の印象がなんとなく竹に似ていますし、また、細く裂いたニューサイランは、水がもらえずドライの状態となっても、ドライとしての美しさを保つもの。また、舟形というバスケットの形が、高瀬川に浮かぶ船を連想させるようにも思えました。正直なところ、細い葉をバスケットに巻くのは根気のいる作業でしたが、せっかく頼んでくださったのだから、私に頼んでよかった、と思えるものをお届けしたいのです。そして、手がけた私にとっては、今回改めて、和風のアレンジのよさを感じずにはいられませんでした。
このように、和風の素晴らしさを実感している私ですが、花とこれほど触れあうようになったのは、英国スタイルのアレンジメントを習ったことがきっかけでした。最近の大都市での住宅スタイルを考えると、床の間などのある和室がある家は少なく、私の家も例外ではなかったので、和風の生け花よりも、洋風のアレンジメントを自宅に飾るほうが適していると思ったからです。
ところが、それから数年が経ち、花屋で修行し、ヨーロッパで勉強した後、改めて和風のスタイルを見直すようになり、現代生け花のレッスンを受けるようになったのです。というのは、洋風のアレンジスタイルを、そのままの形で日本で取り入れても、こちらの生活様式に果たしてあうのだろうか、と疑問に思うようになったからです。
海外でよく目にしそうな印象のアレンジ
ヨーロッパで勉強したことは、確かにアレンジ技術として、役に立っていることが多々あります。また、あちらの習慣や風習に基づく花の様式を学べたことも事実です。ただ、それは、日本である程度の知識を得て学んだから、一層有意義になったというわけで、気候や風習、そして習慣が違うものを、日本でやみくもに取り入れて、同じことをおこなったら、大変な結果となってしまう場合も少なくありません。気温や湿気の違いで、保水の方法もかわってきますし、例えば、トゲのあるバラはお供えの花としてふさわしくない、という仏教が主流の日本ならではの習慣による違いなどもあります。
そして、ヨーロッパで何気なく街を歩いた時、キャンドルショップの多さに驚き、ふと感じたことがあります。日本とは「光」が違うのです。今でこそ、日本でキャンドルショップを目にするようになりましたが、その当時の日本では、雑貨屋さんの片隅でキャンドルを少し売っているという状況でした。しかし、ヨーロッパではどうでしょう。どこかの街を歩くと、キャンドルショップが必ずある、という状況なのです。そして、室内の照明が日本と違うのはいうまでもありません。日本の住宅では、直接照明が主流ですが、一方、海外では間接照明で、室内の明るさがまったく違います。従って、同じ色の花を飾っても見え方が違ってきます。濃い色同士を組み合わせた花が、室内で強烈な印象にはならなかったり、シックな色合いの生花や、哀愁をおびた色のドライフラワーが室内にほどよくマッチする、という具合です。しかし、同じ花を日本の室内に置いたらどう見えるでしょうか。濃い色同士の組み合わせは、かなりどぎつく感じるでしょうし、哀愁をおびた色合いのドライフラワーは、室内に飾るものとしては程遠いくらいに枯れたもの、として写ってしまうかもしれません。
しかも、日本人の瞳の色と、外国人の瞳の色の違いから、明るさの感じ方も微妙に違うようなのです。これは時々聞く話ですが、目の色が茶色の日本人に比べ、ブルーやグリーン、グレーなどの淡い色の目をした外国人のほうが、同じ光を見ていてもまぶしく見える、というのです。従って、外国人がサングラスをよくかけるのは納得、という訳なのです。反対に、暗い場所では、私たち日本人よりも少し明るく感じるらしく、外国人が暗い場所で、刺繍などの細かい作業を難なくおこなっている姿を目にすることがあります。
和を感じる器にさりげなく花と枝をあしらった作品
最近は、パリスタイルの花をはじめ、様々な外国のスタイルが流行っていますが、気候や風習、そして光に至るまで、様々な要素を考え、海外の様式を上手に取り入れていかないと、少々危険だな、と思うことがしばしばあります。
簡単なことではありますが、実際にヨーロッパで生活したからこそ、身をもって体験できたことです。技術だけであれば、来日外国人のレッスンを受けたりすることで充分学ぶことができると思いますが、この様なことを自分自身で気づくことは、現地に行かないとできなかったことだと思っています。
そして、これらの発見ができたのも、花に携わったから。ここにも花のふしぎな力が働いたのかもしれません。
〜 さりげない和風の花に関するワンポイントアドバイス 〜
秋が近いこの時期は、ちょっとした演出で和の雰囲気をかもしだす花を、ご自宅にさりげなく飾るのに、丁度よい季節だと思いますよ。飾る器が意外と大切です。和食器などを使うのもアイディアですね。あまり使っていない徳利などがあれば、それを花器として使うのもお薦めですよ。器の先が細くて数本の花でも生けやすいですからね。
さて、花ですが、和花はなかなか手に入らなくて、と考えるかたも多いかもしれませんが、秋の七草にあるような花や、リンドウやワレモコウなどだと比較的手に入りやすいかも。空間を生かしていけられるよう、本数は少量がよいでしょうね。あとは、バラなどの洋花に、秋ならではの実などを取り入れるだけで、ちょっとした和風の趣がでますよ。お庭や身近で手に入るようなら、それで充分ではないでしょうか。紅葉した枝も雰囲気はバッチリですが、一輪挿しに飾るには、たいそう大きすぎてしまいますね。そんな時は、紅葉したきれいな落ち葉を拾ってきて、花を入れた器のまわりに数枚を置くだけでも、季節感たっぷりの一輪挿しに変身するので、お薦めですよ。