夏本番の7月となり、今年は少し緊張した気持ちで、真夏を迎えることとなりそうですが、ここ数年の私は、6月が終わると、節目を越えたような、少し落ち着いた気持ちになることが多いのです。
それは、6月が学年末であるインターナショナルスクールで育ったから、というわけではなく、母の日やウエディングなど、アレンジや花束などの注文が多い季節を終え、生花の需要が通常よりも少なくなる夏を迎える時期にさしかかるからかもしれません。
しかし、じつはそれだけではないのです。その大きな理由のひとつは、親交のあるチェリストのリサイタルが、毎年6月におこなわれることが多く、その際、舞台上に飾るアレンジを毎回依頼されており、その仕事が無事に終わると、ホッとするからでもあるのです。
そのチェリストは、水谷川優子(みやがわゆうこ)さん。チェリスト、つまりチェロの演奏家です。チェロは、バイオリンよりもビオラよりも大きく、人の声に近い音域を奏でる楽器で、広く知られているチェリスト、というとヨーヨー・マさんがいらっしゃいます。水谷川さんとは、知り合ってから15年くらいになるでしょうか。知的で美しく、きれいな日本語で魅力的なお話をされる、女性としてもとても素敵な方です。
今年も、6月25日に彼女のリサイタルがあり、舞台の花をアレンジしました。演奏なさった曲は、ショパン、ラフマニノフ作曲のチェロソナタなどで、ご本人の演奏はもとより、共演されたピアニストも素晴らしく、お二人の息もぴったり。力強くもあり、繊細さも兼ね備えた、最近の演奏で特に心に残るものだったと思っています。2時間近く、ひたすら注目を浴びて、何曲も演奏なさるのですから、リサイタルに注ぐ、ご本人のエネルギーといったら、想像をはるかに超えたものだと思います。私がバレエの発表会に出演していた頃、ほんの何分間の演目を踊るだけですら、当日の緊張と、事前の大変な練習は忘れられないほどなのですから。
というわけで、そのような、大切なリサイタルの舞台に飾る花を手がける私としても、いつにも増して意気込みが強くなるのです。なんといっても、1,000人近い人々から一度に注目されるアレンジなのですから。でも、やはり主役は優子さんとチェロの演奏。花が目立ちすぎてもいけないと思うのです。
さて、今年のリサイタルは、というと……。「舞台のお花が、優子さんのドレスや曲の雰囲気にピッタリだった」と、多少のお世辞は含んでいるにしても、数人の方からそのようにいっていただけることができ、役目を果たせた気持ちでいっぱいになりました。じつは事前に、当日お召しになるドレスの色や曲の雰囲気、お花の希望もおおよそ伺い、ご相談して決めているのです。そして、最終的なお花の種類などは、私にお任せいただいているというところで、そのような依頼のされ方が、きっと私に合っているのかもしれません。お花を注文される際、大変詳細にご依頼される方も中にはいらっしゃるのですが、そうすると、私がアイディアを出せる領域が限られてしまうのです。かといって、まったくのお任せでも、好みがわからずに少々戸惑ってしまうこともあります。
ドレスの端切れ、そして曲を参考にして、アレンジする花のイメージをふくらませます
今年のリサイタルでのドレスの色は、前半が青紫、そして休憩をはさんだ後半がシルバーで、曲調は全体的にロマンチックとのことでした。じつは、2年前くらいから、ドレス生地のほんの小さな端切れを、デザイナーの方からいただき、また、ドレスのデザインも伺って、参考にしているのです。以前は、写真でドレスの色を拝見していましたが、写真は光線の具合により、色が違って見えることが多々あります。今年の場合も、一口に青紫といっても、淡いものから濃いものまで幅広いですし、青が強いものや、それほどでもないものなど、様々です。生地を拝見するのがいちばん的確なのです。今年も端切れをいただき、大正解でした。生地はなんと、ブルーと濃いピンクの糸で織られたもので、光線の具合により、少しピンクがかって見える場合もありました。後半のシルバー色のドレスはどんな色の花も合うので、青紫色のドレスを中心として、花を考えることとなったのです。
そして、私は、当日演奏される曲の一部と同じものが収録されたCDを探し、それを聴き、曲の印象を自分自身でも把握して、どのような花があうのか想像をめぐらすのです。
その結果、今回のアレンジは、ピンクがかった紫色の濃淡に、淡いピンク色、そしてポイントとして、ほんの少量、濃いピンク色のバラを加え、ロマンチックな曲調をかもし出すように、花の形も、カラーやユリのように、はっきりとした個性的なものではなく、バラやトルコキキョウなど、ヒラヒラとした甘い印象のものでと、提案したのです。優子さんも即座に賛成され、彼女が大好きなシャクヤクも入れて欲しいとのリクエスト。シャクヤクの淡いピンク色や、その花姿は、私もイメージしていた全体像にぴったりだったので、それに決定しました。
アジサイのグローイングアルプス
というわけで、いよいよリサイタルの数日前です。シャクヤクは、咲いた姿がいちばん美しいので、気温と相談して、リサイタルの3日前に、ほかの花は前日に仕入れました。具体的には、ノクターンという品種のトルコキキョウ、グローイングアルプスという品種のアジサイ。バラのオーシャンソング。それに、イヴ・ピアッツェという濃いピンクのバラを少々と、長いクレマチスを。CDで曲を聴いた時に、流れるような印象を受け、それがクレマチスにぴったりだったからです。花の品種名だけ見ても、音楽に関係があったり、彼女と何かご縁がありそうな名前だったり。そして、シャクヤクは、なんとしてもアレンジに取り入れたいと思っていたのです。大好きな花とともに演奏するのは、きっと気分がよいと思いましたので。6月末で、シャクヤクの出回り時期が終わってしまうかとハラハラしましたが、かぐや姫という品種の、イメージにぴったりのものが手に入り、ギリギリセーフでした。
リサイタル前日の夜、いよいよアレンジをつくるわけですが、その時は、当日演奏される曲の一部をCDで聴きながら、気持ちを音楽とひとつにして、ほぼ完成させます。
そして、当日。重要なことがまだあります。ホールに納品するときは、外の湿気がなるべく入らないよう、できるだけ短時間で。また、舞台を傷つけたりしないように、舞台上での作業は必要最小限に。無事に舞台に飾った後は、リハーサル時に、色んな席からお花の状況をチェックします。そして、開場前に最終チェック。
ト音記号を取り入れたアレンジ
さあ、いよいよ開演です。リサイタルを聴きながら「無事に終わりますように」という気持ちも片隅に持ちながら、演奏を満喫し、終了。お客さまたちがホール内からいらっしゃらなくなった後にアレンジを舞台から撤去。舞台脇の通路にシートを敷いてアレンジから花を抜き、それらをいくつかの花束にお包みし、ホールを後にしました。帰路につく車の中で、ほっと一息「今年も無事に役目が果たせたかな」という6月末なのでした。
優子さんのみならず、クラシック音楽に関係する方が、私のお客さまには多くいらっしゃいます。音楽関係の方へお届けするアレンジの場合は、なるべく音楽にちなんだ品種名の花を入れるようにしたり、また、少しカジュアルなアレンジの場合は、依頼主に伺った上で、アレンジに、ワイヤーやビーズでつくったト音記号を取り入れることも時々あります。
音楽と花。直接的にはあまり関連がないようにも思いますが、両方とも人々の心に何かを届ける、不思議な力をもつもの、ということが最近になって、また少しずつわかってきた気がしています。
〜品種名にちなんだ花に関するワンポイントアドバイス〜
花の品種名には、本当に様々な名前があります。今回お話しした、トルコキキョウのノクターンなど、音楽にちなんだ品種名の花は、ほかにもあるんですよ。クレマチスにも、ノクターンというのがありますし、フレデリック・ショパンという品種もあるようですね。そして、バラの花には、ビバルディ。カラーの花には、モーツァルト。これらは、作曲家の名前ですね。また、作曲家ではありませんが、マリア・カラスという名前のバラもあります。それから、画家の名前がついた花もありますね。以前に少しお話しましたが、ゴッホ、モネ、ゴーギャンという品種のあるヒマワリがそうです。この季節には、たくさん出回っていると思います。このように、品種名にひかれて花を買うのも、楽しいかもしれませんね。この季節は、そうして買った一輪の花を、流れのあるスラッとした利休草とあわせて花瓶に入れると、涼しげですよ。ちなみにこの利休草も、千利休にちなんで名づけられたのでしょうね。品種名にちなんだ花、チャンスがあれば、試してみてくださいね。