今年の夏は、早くから厳しい猛暑が続きましたが、7月には、毎年お中元ギフトのご依頼をいただく方から、「今年のお中元は、オリンピックにちなんで、ロンドンやイギリスをイメージするようなアレンジをつくってほしい」とのオーダーをいただきました。そのお客さまからは、かれこれ5〜6年にわたり、お中元とお歳暮ギフトのオーダーをいただいています。ここ数回は、なんらかのテーマをいただいており、それに基づき、私がデザインしたアレンジを、お届け先にお持ちするというスタイルをとっています。昨年のお中元は、京都をイメージするアレンジをとのことでした。と言いますのは、そのお客さまは京都在住。お花のお届け先は、東京の方なので、京都の和風な夏を思い起こさせるようなアレンジをお届けしたいと思ったのでしょう。
そして、今回テーマとしていただいたのは、ロンドンやイギリス。はたまたオリンピック? オリンピックといえば、青・黄・黒・緑・赤の5色の輪の色が連想されますが、それを生花で表現するとなると、少々まとまりのない色合いとなってしまいそうです。色々と考えた結果、ロンドンやイギリスの小さな庭をイメージするようなアレンジをつくることにしました。イギリスといえば、自然な雰囲気の庭。そして、国花であるバラもイギリスを思い起こさせることでしょう。特にイングリッシュローズと呼ばれる、ぽってりとしたバラを使ったら雰囲気も出て、さぞ美しいことと思います。
でも、この暑い季節にバラをアレンジに取り入れるのは、少々リスクがあります。ギフトのお花は、お届け時の美しさも大切ですが、やはりある程度の日数、お客さまには楽しんでいただきたいもの。結局、ある程度もちのいい花、ということで、バラは断念し、雰囲気が似ている、コサージュ咲きのトルコキキョウを入れました。そして、夏の実である、ブラックベリーとともに、なにか蔓状のグリーンを入れて差し上げたいと思っていたところ、市場で八重咲きの白いクレマチスを見つけました。その名も、ダッチェス・オブ・エジンバラ(Duchess of Edinburgh)。エジンバラは、イギリスの地名でもあり、これはピッタリと思い、即座に仕入れました。仕入れた時は、まだ蕾ながらも、クレマチスが咲いた時の愛らしい姿や、蔓を思わせる茎や葉の形状は、イメージにピッタリでした。暑さを考えて、お花は、カラーやトルコキキョウなど、少しでも長くお楽しみいただけるものにし、イギリスの庭を思わせるよう、ナチュラルに仕上げました。そして、アレンジにお入れした各種類のお花の数は、5。オリンピックにちなんで、五輪としました。まるで、オヤジギャグのような話ですが、ご依頼主もお届け先の方も、ユーモアに富んだ方なので、ここはユーモア好きのイギリス人にもちなみということで、お許しいただくことといたしました。
美しく咲く姿まで2歩手前くらいのブーケ。納品し、花嫁が手にするまで、あと数時間というところです。
こうして手がけた、お中元アレンジをお届けした翌日から、オリンピックに釘付けとなった日々でもありました。参加した選手達を見ていると、その練習や努力の積み重ねは、私達の想像には及ばないというところでしょうが、試合にあわせてきちんと体調を整え、実力を充分に発揮できるよう、自分自身の最高の状態を本番にあわせるということもいかに重要か、改めて気づかされました。
じつは、お花をアレンジする際にも、お花の最高の状態を本番にあわせる、ということがよくあるのです。例えば、結婚式やパーティーのお花、また、クラシックコンサートでのステージ花などは、お花のもちよりむしろ、お客さまに見ていただく数時間がいちばん大切で、その時にいちばん美しい咲き具合となるよう、お花のコンディションを整えるのです。そのお花が、いちばん美しく咲いている、最高の状態をお客さまにお見せする、ということです。上記のギフトの場合は、できるだけ長く楽しんでいただけるよう、お花のもちも考え、蕾、もしくはお花の種類によっては、いちばん美しく咲く3〜4歩くらい手前の状態をアレンジして、お届けします。しかし、結婚式やパーティーのお花がそれでは、いまひとつ、華やかさに欠けてしまうのです。
ウエディングブーケをつくる際には、お花を多めに準備して、咲き具合のほどよいものをブーケに使います。その時の気温、また、ブーケの納品から花嫁がそれを手にするまで、どのくらいの時間があるのか。そして、会場でブーケを保管していただく場所は暑いのか、または、涼しいのか。これは、ほどよく暖かい場合がほとんどですが、事前に会場に尋ねます。また、花嫁が実際にブーケを持つのは何時から何時までか、などを参考にして、花嫁がブーケを手にしているときのお花の状態が最高になるよう、逆算し、お花の状態をよく見ながら、考えてつくっているのです。「きっとこのくらいの咲き具合の花を使えば、花嫁が手にするときにはベストの状態で咲いているだろう」と予想しながら、納品時には、いちばん美しい状態の1〜2歩くらい手前で納品することが多いのです。
美しく咲いたシャクヤク
また、バラを数種類使う場合であれば、バラの品種により、咲く速度も違います。したがって、仕入れについては、気温の低い冬なら、数日前で大丈夫ですが、4月下旬頃からは、前日くらいの仕入れでないと、咲きすぎてしまったりします。暑い季節には、冷蔵庫の機能を果たす、フラワーキーパーという便利なものもありますが、キーパーからお花を出した時に、多少なりともダメージがあることを考えると、キーパーに頼ることは考えず、ある程度自然な状態で咲いていくことを優先し、それにあわせた仕入れにすることが多いです。
ところで、バラは、蕾といちばん美しく咲いている状態で、想像もつかない程違う、ということはありませんが、蕾と咲いた姿がまったく違う、という花もあります。例えば、シャクヤクやユリなどはその代表です。6月頃が旬のシャクヤクは、蕾は球状で、まるで坊主頭のようですが、咲いた姿は、花びらがヒラヒラとして大変豪華。ステージのアレンジなどにもよく使いますが、蕾からは想像もつかない花姿です。シャクヤクの品種や気温、また、蕾の堅さにもよりますが、仕入れてから美しく咲くまで4〜5日くらいでしょうか。なかなか咲かないときは、暖かい部屋に移動したり、また、早く咲きすぎてしまいそうな場合は、涼しい場所に移動したりということもあります。シャクヤクは、いちばん美しく咲いた状態から、さらに咲いていくのも早いですから、八分咲きのシャクヤクには「この状態をもう少し保っていてくれるかしら」などと語りかけたくなったりすることもあります。
ベラドンナという黄色いユリ。美しく咲いています。
また、ユリも蕾と咲いた姿ではまったく違います。そして、ユリの場合はさらに、花びらが傷ついていないかどうかも大切です。いちばん美しく咲いてほしい日にあわせて仕入れや管理をし、シャクヤクと同様、早く咲いてほしい場合には、茎を鋭く斜めに切って水揚げをよくしたりなど、おそらく私のような仕事をしているみなさんは、このようなことをしていると思います。思えば、フローラルデザイナーになりたての頃は、咲くまでの日数を上手く読み切れず、こちらの部屋では暖房、こちらの部屋では冷房をかけて花の咲き具合をコントロールしたこともありました。
フローラルデザイナーとして仕事を始めて、20年弱。様々な経験を積むことで、多くのことを学びましたが、これも、オリンピック選手が試合を数多く重ねる経験と、ある意味似ているのかもしれません。そして、オリンピック選手は、メダルをとったとき、美しい花束も手にすることができます。様々な現場経験を積むことの大切さは、私も身にしみて感じますが、花の不思議な力のおかげで、一歩、そして、一歩と前進していけるような気がしてなりません。
〜 お花の姿を再発見 〜
結婚披露宴で、テーブルに飾ってあるお花や、花嫁が持つウエディングブーケは、披露宴の時にいちばん美しい姿を見せられるよう、アレンジされたものなんですよ。私がよく手がける、クラシックコンサートのステージ花なども同様です。お客さまとともに過ごす数時間がいちばん大切。一瞬にして大勢の方からの注目を浴び、お花も嬉しそうな表情をしていますね。
日本人は、蕾のお花を好む傾向にあるようで、花が咲いてくると「咲いてきちゃった」と、思うかたもいらっしゃるようですが、パ〜っと咲いた満開に近い花は、文字通り"華"があって魅力的なんです。今度お花屋さんに行ったときには、いつもはあまり買うことのない花の満開の姿を見て、その花の魅力も改めて発見してみてくださいね。