東京では、桜の花があっという間に開花し、その後は冬に逆戻りの日々もありましたが、ふと気づくと、新緑の美しい季節となりました。近所の遊歩道では、コデマリ、そしてヤマブキなどが満開です。コデマリやヤマブキは、切り枝としても出荷されているので、私もアレンジに時々使います。コデマリは、流れるような枝ぶりが美しいので、アレンジの動きを出すのに、とても適しています。また、ヤマブキは、その名の通り“山吹色”の花を咲かせる低木です。日本には、桃色、藤色など、花の名前のついた色がいくつかありますが、山吹色は黄色とオレンジ色の間くらいの色。枝も花も繊細な印象ですが、花が咲くと、とても華やかな印象になります。
日本は、四季がはっきりしていることもあり、枝ものの種類が非常に豊富で、切り枝として生産されているものも数多くあります。海外のフラワーアーティストたちは、日本の枝ものの種類の多さを羨ましがるのではないかな、と思うほどで、また、一般的にも、桜を見れば春、紅葉や実の枝を見れば秋を感じる、というように、枝ものは、ある意味身近な存在だと思います。
お見舞でお届けした、八重桜をとり入れたアレンジ
私も、現代生け花作家の先生から、約20年にわたり、プロとしてのレッスンを受けていますが、花材は枝ものと花、ということがほとんどなので、随分と枝ものに親しみを覚えるようになりました。また、現在、お店の活け込みの仕事をおこなっていますが、そのお店の雰囲気や客層などから、枝ものをとり入れた投げ入れを飾ることがよくあるので、以前に比べて、枝を意識するようになりました。枝ぶりによって、アレンジするのにふさわしい方向や、間の取り方があるので、現代生け花を習い始めたころは、扱うのに少し戸惑いましたが、特徴をいかして使うと、ある意味、花以上に非常に魅力的な存在だと思いますので、春夏秋冬で代表となるような枝ものについて、ひとつずつお話してみようと思います。
まずは、春。すぐに思い浮かぶのが、桜です。お花見時期に有名なのは、ソメイヨシノですが、切り枝として一般的なのは、一重咲きですと啓翁桜(けいおうざくら)、彼岸桜などでしょうか。じつは、これらの桜の枝は、1月頃から出荷されているのです。切り花も切り枝も、お花屋さんなどでは、自然に咲く季節より、かなり前倒しをした時期から売られています。1月に桜の枝を出荷できるのは何故、と思われるかもしれませんが、啓翁桜の場合、ソメイヨシノのような太い幹はなく、細い枝が何本も集まり一つの株をつくっているそうです。産地は、山形県など雪に覆われた地域のようですが、畑の中にある木を切り、温度調整したハウスの中で管理すると、桜は春が来たものと思い、花を咲かせる、というぐあいのようで、ハウス栽培により、普通の桜よりも早く開花させることに成功した品種のようです。日本人にとって、桜は特別な花。桜を早く見たいと思う気持ちはわかりますが、私としては、1月に桜をアレンジするというのも、少々早すぎるように思いますので、一重咲きの桜の枝も、八重咲きのものも、自然の開花時期より少しだけ早めの時期にアレンジに取り入れるようにしています。
15年近く活け込みに行っている会社では、毎年4月1日の入社式の際に、講堂に飾る花を依頼されていますが、その会社の方のご希望もあり、桜の枝ものでアレンジをしています。また、以前、退院された方へのお見舞いということで、4月初旬にご依頼を受けたアレンジがありました。退院後はご自宅療養されるとのことで、思うようにお花見に出かけることもままならないのかしら、と思ったこともあり、ご自宅でも少しだけ桜を楽しんでいただけるようにと、その時期に出回っていた八重桜をとり入れて、アレンジをお届けしたところ、季節感たっぷりということで、たいへん喜ばれたようでした。
ドウダンツツジをとり入れ、ジャポニズムな雰囲気に
そして、次は夏の枝もの。正確には新緑の季節である初夏の枝もの、というべきかもしれませんが、この季節でいちばん代表的なのは、ドウダンツツジでしょう。新緑の季節には、美しい緑色の葉が、そして、秋には紅葉の枝ものとして出荷されるのです。
昨年の5月末、ご存知、私の友人である、チェリスト 水谷川優子さんのリサイタルで、ステージに飾った大きなアレンジに、ドウダンツツジを入れました。彼女のリサイタルでのステージ花は、毎年依頼を受けており、演奏する曲の雰囲気や彼女のドレスの色に合わせて花の種類やデザインを決めるのですが、今まで、大ぶりな枝ものを入れたことはありませんでした。ただ、昨年のリサイタルでは、フランスの作曲家が日本を意識してつくったであろう曲を演奏するとうかがい、ならば日本らしく、枝ものを入れよう、ということを決めました。花はシャクヤクを使い、彼女のドレスの色とあうように、白とグリーンで仕上げることになり、そこに加えたのがドウダンツツジでした。広いホールのステージで、ライトを浴びたドウダンツツジは、なんともいえないジャポニズムな趣が出たように思います。
さあ、次は秋。秋といえば、紅葉の枝が真っ先に思い浮かびます。ドウダンツツジをはじめ、ナナカマド、ニシキギなど、どれをとっても美しい紅葉の枝ものですが、紅葉以外で、この季節ならではのものといえば、実のついた枝。真っ赤な色が美しい、野バラの実は、その代表でしょう。
生徒さん作の、野バラの実を使った現代生け花風の作品
野バラの実は、横向きに使うとたいへんきれいなので、秋のレッスンでは、大ぶりな野バラの実の枝を使うことがあります。そのようなアレンジは、レッスンを始めて何年か経った生徒さんにお教えしているのですが、現代生け花を意識した作品で、野バラの枝を花留めにして、剣山や吸水性スポンジを使うことなく、他の花を自立させ、アレンジします。そして、野バラの枝の曲線的なラインと、花の茎の直線的なラインで美しさを構成する、たいへんシンプルで、大胆な印象の作品です。季節感を出すべく、秋の花、キクなどとあわせたりしますが、花の茎の直線的なラインを強調するために、デザインには不要と思われる葉を取ったりなどの工夫もします。生徒さんも、普段のレッスンではあまりなじみのないアレンジに、最初は少し戸惑うようですが、コツをつかむと、活け方の様々なアイディアもわいてくるみたいです。
椿の花が落ちず、このままの状態を保ってくれるとよいのですが……
さて、最後は冬。冬の枝は、花がついているものが多い気がします。その代表的な存在なのが椿。日本原産の木です。椿の花は、一重咲き、八重咲き、そして色も赤、白、ピンクなどがあります。花が似ている山茶花(サザンカ)は、満開の後、花びらが一枚ずつ散っていきますが、椿は満開を過ぎると、花ごとポトッと落ちてしまいます。そういう状況に遭遇すると少し寂しいのですが、逆にそれが潔いというか、天寿を全うしきった達成感を表しているような印象さえあります。
また、この季節に出回る枝ものとしてよく使うのがユキヤナギ。枝の硬さに比べ、白い細かな花は繊細でやわらかな印象で、アレンジなどにもよく使います。そして、散り際は字のごとく、まるで雪が舞うかのようになるのです。
四季折々の枝ものは、数えきれないほどあり、ここでご紹介したのは、ほんの一部です。また、切り枝として出荷される時期ということでの話だったこともあり、多少季節がずれていたものもあるかもしれませんが、日本は季節の枝ものの種類が非常に豊富で、それは世界に誇れることだと思います。きっと、花の不思議な力もさることながら、枝の不思議な力で、知らず知らずのうちに私たちも魅了され、その力強い姿から、何かのパワーをもらっているような気がしてなりません。
〜 枝ものを飾る時のポイント 〜
お花は買うけれど、枝ものはあまり買わない、という方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。基本的に枝ものは、お花に比べて、長さも長いため、活けにくいと考える方が多いかもしれませんね。ただ、お花だけを買って活けるよりも、逆に枝もの1種類を花瓶に単純に入れるほうが簡単かもしれませんよ。たとえば、春であれば、“啓翁桜”の枝を5本くらい花瓶に入れるだけで、桜の花を楽しめます。また、くねくねと曲がった龍のような枝が特徴的な“雲竜柳”などは、とてもよくもちますし、単純に活けやすいかもしれません。そして、これからの季節であれば、“ドウダンツツジ”などを飾ると雰囲気が出ますが、枝ぶりによっては、活けるのが少し難しいかもしれないですね。白いお花が咲き、流れが美しい“リョウブ”などは活けやすいかもしれないですから、お花屋さんにいらしたら、枝ものにもぜひ注目してみてくださいね。