Kimono Master 山龍の和-ism指南

Kimono Master 山龍
Kimono Master 山龍

第5回 自分で着物を着る〜挫折と執念の12日間

己の力量を思い知る

2007年年明け早々の私のテーマは、『自分で着物を着る!』 だった。

昨年、ひょんなことから山龍師匠と出会ってしまい、着物ライフという、今までの人生にはなかった世界に踏み込んだ私。えいや!とばかり、着物と帯を揃え、どうだ! と、年末のパーティで初陣を飾った……のはいいのだが、情けないことに、自分で着物を着ることができない。これじゃあ、字は書けるのに、パンツは一人じゃはけない子供と同じだ。

普通だったら、ここで着付け教室に通うのだろう。しかし、この着付け教室がくせ者である。“4か月無料”なんて、どう考えたって怪しい。意味のわからない道具を買わされ、挙げ句の果てに欲しくもない着物まで買わされるという話を耳にしたことがある。タダより高いモノはない……ということなのだ。

「着付け教室なんか行くことあらへんで。昔の人は、みんな普通に自分で着とったんやさかいに。うちで2回教われば、誰でも着れるわ。それでも着れへんやつは、おかしいで」

着物の着付けに必要な、腰ベルト、コーリンベルト、仮紐、伊達締め、帯板、帯枕、帯揚げ、帯締め
着物の着付けに必要な、腰ベルト、コーリンベルト、仮紐、伊達締め、帯板、帯枕、帯揚げ、帯締め。クリップなどなどの小物の意味も、着付けを覚えるとよ〜く理解できる。
以前から山龍もいっている。それではと、これまで私の着付けをお願いしていた、山龍師匠のスタッフの佐藤さんに思い切って手ほどきお願いすることにした。

といっても、まったく何もわからずに行くのでは、いくらなんでも失礼である。何事も予習が大事。まずは着付けの本を手に入れようと書店に行ってみると、驚いたことに、着付け本は意外にたくさん出ていた。しかも、どれもDVD付き! 完璧である。いちばんシンプルなものを選んで買い、さっそく家でDVDを見てみた。後から思えば、手慣れた人がやればそう見えるに決まってるのだが、DVDを見たとたんに、「こんなの楽勝じゃん!」と思えた。(教訓:DVDのモデルは自分ではない)これなら、山龍のいうとおり、1回流れを教わり、2回めで復習すれば、なんとかなるわい。みなぎる自信、溢れる期待に胸躍り、1月中旬のある土曜日、西麻布のサロンに向かった。

しかし、私の自信は、レッスンを始めてほんの30分ほどで粉々に砕け散った。
足袋、肌襦袢あたりはまだよかった(当たり前か!)。襦袢の衿合わせ、伊達締めあたりで既に嫌な予感。なぜなら、紐で結ぶときに、すぐに合わせがぐずぐずと緩んでしまうのだ。そして、着物を着る段になると、それがもっと激しくなる。紐を結ぶとき、ここを押さえておく手がもう1つないとできませ〜ん!

「そこは、肘でしっかり押さえてね」「ほら、紐はぎゅっと結ばないと」

佐藤さんのチェックが要所要所に入り、私の眉間にはシワが入る。裾線(すそせん)を決め、上前と下前を合わせ、腰ベルトで止めると、ウエストあたりに、ごちゃごちゃと着物の余り(?)がたまる。どうすんの、これ。うわ〜〜!

「身八つ口(みやつぐち)から手を入れて整えてね」……って、身八つ口ってどこですか? ああ、この脇の穴ね。(教訓:着物の各部分の名称ぐらいちゃんと覚えておこう)何とか着物が着られたときは、全身汗だくであった(教訓:着付けは涼しい場所で)。

立ちはだかる帯結びの壁

問題は帯である。私の帯は長さの長い袋帯なので、二重太鼓という手間のかかる結び方をしなければならず、おまけに、お太鼓の部分にきちんと柄を出さなければならない。適当なところで折り込んで……などというごまかしが利かないのだ。後ろ手でこんなことするなんて、正に至難の技。難しい帯で覚えておけば、後が簡単だし……と軽く考えていたのだが、それがこんなプレッシャーでのしかかってくるとは!

手を後ろに回せば、袂(たもと)が邪魔して鏡が見えず、鏡を必死に見れば、左右が逆なので、頭の中がこんがらかる。佐藤さんにあちこち手伝ってもらって、やっと出来上がっても、「?」の部分が10個ぐらい残って、達成感はゼロ。しかも、着物を着るときのチェックポイントは、遠い昔のことのように、頭から消えている。これはかなりヤバイぞ!

「家に帰って復習して、次回は家から着て来なアカンで!」

という山龍の言葉に、半ベゾで即答した。

「すみません! 絶対にまだ無理です!」

家に帰ってからが、また大変だった。ここ十数年味わったことのない挫折感と闘いながら、とにかく忘れない内にと、着付け本とDVDを見ながらトライする。DVDのおかげで、着物の方はなんとか形になった。しかし、帯がどうしてもうまくいかない。全身が映る大きな鏡のあるベッドルームと、DVDの見られるリビングを、帯を両手で抱えながら、何度も小走りで行ったり来たり。深夜に女が一人で大騒ぎである。

手先(てさき)という帯の片端を肩に掛けて、帯を腰に巻くまではいいのだが、その後背中にすくい上げるところが、もう既にわからない。一晩寝て、翌日またしっかりDVDを検証してトライするが、どうしても帯がグシャグシャになってしまう。そんなことを繰り返している内に、着物もいつの間にかグシャグシャになっている。

1週間後、私は失意にうちひしがれて、2回目のレッスンに、帯だけ持って出かけた。ニットのワンピースの上から、いきなり帯結びの復習という、着付けスクールではあり得ない講習。問題点がわかっている分、前回とは格段の理解度に、少し明るい兆しが見え始める。(教訓:ポイントには個人差がある)そうか、な〜るほどね! しかし、このな〜るほどね! が、家に戻って一人でやると、また「何で?!」に変わる。結局私は、2回のレッスンでも、帯結びの1か所がどうしてもうまくいかず、3回目でやっとクリアしたのだった。

3回目のレッスンから帰り、家で恐る恐る復習するときはドキドキものだった。「2回で着れへんやつは、どこかおかしいで!」という山龍の声が脳裏にこだまする。何度も帯結びにトライした分、その度に着物を着ているので、さすがに着物を着付けるのは完璧になった。(教訓:習うより慣れろ)そして帯の方も、佐藤さんにチェックされた、仮紐を締める位置と、手で押さえるポイントに気を付けて(教訓:自分の弱点を知るべし)、何度か柄出しのやり直しはしたものの、ちゃんと結ぶことができた。やった! やった!

着付け完了! 帯結びも完璧! この柄がちゃんと出るのまでに、どれだけ自信を喪失したことか……。今では、天才かと思うような腕前です(自画自賛)。
着付け完了! 帯結びも完璧! この柄がちゃんと出るのまでに、どれだけ自信を喪失したことか……。今では、天才かと思うような腕前です(自画自賛)。
一度ゴールにたどり着けた後の上達振りは、目覚ましかった。どの時点でどこを注意しておけばよいかが、自分なりに理解できてくるのだ。形として習ったものが、頭の中で理屈として理解できてくる。着物を着ている最中に佐川急便が来て、慌てて長襦袢姿で出て「あら、お兄さんいらっしゃ〜い」状態になったり、できた!と思ったら、帯板を入れ忘れていて、最初から結び直したり、仮紐を抜いたら、帯がはらりと落ちてきたりという、トホホな出来事はあったけれど、もう何も恐くないぞ。

初めて一人で全部着付けて出かけた私の着物姿を見て、佐藤さんは、

「とっても上手よ。覚えるのも早いわよ」

と、ニコニコ微笑みながら褒めてくれた。私の講習の一部始終を傍観していた山龍師匠はひと言、

「ほう! ちゃんと着れてるやん」

人をけなす言葉は広辞苑並みのボキャブラリー量なのに、褒め言葉は「ええやん」と、その活用形の「ええんちゃう?」ぐらいしか知らない山龍なので、これはそうとうな褒め言葉と受け取っていいだろう。

ゼロからスタートして講習3回、トータル12日間で、着付け完璧マスター! 皆さん、着付けは執念です。絶対に着るぞ! という気合いです!

(2007.3.4)