Kimono Master 山龍
草履が痛い!私のライフスタイルに“着物”が加わって4か月が過ぎた。もともと、自分の生活を和風に切り替えるなんていうつもりはさらさらなく、ワードローブの中に“着物”を加えてみようかな、という発想だったので、私の生活自体は、そう大きく変化していない。着物はめんどくさい。着るのがめんどくさい。小物がややこしい。歩きにくい。手入れがめんどくさい。保管がめんどくさい。……そんな先入観も、いざ着物のある生活を始めて見ると、たかだか4か月で慣れてしまった。 「ほんなん、なんも面倒なことあらへんよ。洋服と一緒やし」 と、最初に山龍にいわれた言葉が、今はなるほど、とうなずける。 初めて着物でお出かけするときは、大騒ぎだった。といっても、帯が苦しいとか、袖が邪魔くさいという形状から来る違和感は、まったくなかった。洋服でも、ウエストが思いっきり絞られたコルセットのようなジャケットとか、ダイナミックなトランペットスリーブのカットソーという、かなりクセのあるものが好きだったので、そのへんは山龍の言葉どおり「洋服と一緒」だったからだ。 問題は、草履だった。 「出かける前に履き慣れとかなアカンから、明日これ履いて、コンビニに買い物に行き!」 と、着物が出来上がる前に、まずは草履と足袋を渡された私。草履なんて靴に比べたら、踵が靴擦れになることはないし、外反母趾になる心配もないし、楽ちん極まりない履き物でしょう。近所のコンビニといわず、皇居1周でもなんでもやったるわい! と、さっそく家に帰って履いてみたところ……痛い! 痛いのだ、人差し指が! 「草履は、前つぼ(鼻緒の中心)を親指と人差し指でキュッと挟むようにして履く。グッと指の付け根まで入れたらアカンで。鼻緒が拡がって不細工になるさかい。草履は脱いだとき、形が美しくないとアカンの」
「草履の形はみんな同じ。幅の広い不細工な草履なんて、僕は渡せへん」 なんじゃと〜〜! まるで私の足が悪いような書きっぷりではないか! 「そんなこといわれても、痛いもんは痛い。こんな思いまでして着物なんか着たくない!」 大人げないと思いつつも、それが私の本音だった。何かを我慢してまで着るという価値観が、着物に対してはなかったから。 翌日、問題の草履を持って山龍のサロンに行った。鼻緒を引っ張って伸ばすという手もあるが、それでは草履の形が崩れる(山龍流にいうと不細工になる)のでと、彼はクリアファイルの薄いアクリルを指の形に丸めた変てこりんなガードを作ってくれた。バンドエイドだと、その厚みで余計に関節を圧迫するが、アクリルなら薄いし、堅いから鼻緒が指に食い込まない。 「昔スパイクが痛いとき、こうやってガードしたんよ」 アメリカンフットボールの選手だった頃の経験が草履に生かされるとは、彼自身も思っていなかっただろう。人生、何がどう役立つかわからない。そして、そのガードは効き目抜群だった。痛くない! でも、アクリルの端で指が擦れて、違うところが痛くなるかも? そしてお出かけの日、いろいろ悩んだ挙げ句、結局私は何もせずにそのまま草履を履いて出かけた。最初は痛かったけれど、それで階段の上り下りなどをしている内に、痛さなんか忘れてしまった。草履に足が慣れたのだ。 「なんか、痛くなくなった……」 「そやろ」 ぐちゃぐちゃいわれるかと思ったら、そのひと言で終わった。ド素人の私のわがままに、手作りガードまで作って対応してくれた山龍に、プロの想いを感じた瞬間だった。 着物を取り入れる心意気とセンス着物で出かけると、取り敢えず目立つ。それに加えて、年末年始の期間、パーティに出かける機会の多かった私は、面白い事実に気付いた。知り合いや仲間がたくさんいるパーティなのに、みんな私に気付かないのである。たぶん、今までの私からはまったくイメージできない格好でいるから。後ろから声を掛けると、振り向いたとたんに、みんながビックリした。「あら! 全然わからなかった。素敵じゃない! いいわよ、いい!」 その言葉で、私は今までしたことのないかなりいい笑顔になっていたはずである。着物にはそんな魔力がある。女性の中にある、喜びや恥じらいや優しさを自然に引き出す魔力。 「美人女将のいる温泉宿シリーズ」「銀座のクラブのママ」はたまた「PTAのお母さん」と言った仲間の冷やかしも、称賛の内。 それだけ効果のある着物である。いったいどこがいちばん見られるのであろうか? 「まず、正面からジロジロと見る人はいいひんから、だいたいすれ違い様にチラッと見はるの。左右後ろ斜め45度からの角度、要するに脇腹のあたりがいちばん見られる」 脇腹のあたりとは、帯揚げや組紐が覗くあたり。だから、お太鼓の丸みや、帯揚げ組紐とのカラーコーディネイトが大切だと山龍はいう。そこにごちゃごちゃ色があると、それだけでダサイ。すっきりとまとめることがかっこよく見せる秘訣なのだ。また、お出かけとなると、着付けたままじっとしているわけではないので、それなりの注意も払わなければならない。
なるほどね。 そして、身のこなしは、わざわざ山龍に聞くまでもなく、着物が教えてくれた。袂があるから、手を伸ばすときは、自然に反対の手を添えて袂を押さえる。モノを拾うときは、膝を折ってしゃがんで、横手に拾う。椅子に座れば帯のお陰で腰がしゃんと伸びて、いつもより姿勢がいいし、足も崩れない。お上品にしようと思っているわけでもないのに、膝の上に両手が揃う。足も組まなきゃ、頬杖もつかないでいる自分にビックリである。ピンヒールのパンプスにブランドもののスーツのときは、下っ腹にグッと力を入れて、歩き方にも注意していなければならない緊張感が必要だけど、着物はちょっと気を抜いても、かっこよさが崩れないのだ。 今年は春の訪れが早い。軽やかに着物を着て、かっこよく街に出よう! 着物だからって、和食に、歌舞伎に、お琴なんて偏るのはまっぴら。イタメシ食べて、『Pirates of Caribbean』観て、イル・ディーヴォに夢中になる。 着物というツールが増えたことによって、ライフスタイルに奥行きができた分、私はもっと私らしくなれる気がしている。 (2007.4.2) |
||