Kimono Master 山龍
大人の浴衣完成!
「僕が作るからには、羽織っただけで良さがわかるような浴衣にしたい」 と豪語し、生地から柄に至るまで、こだわって作った試作品である。 といっても、しょせんは浴衣。そんなに変わるもんじゃないだろう……と、高をくくっていた私であったが、意外や意外! 手にしたときのしっかりとした張りと、袖を通したときのシャリッとした肌触りは、予想以上のものだった。 「気持ちいい〜!!」 思わず背筋が伸びるような、清々しい感覚。麻100%の小千谷縮の上質で心地いいシワの具合が、肌を通して涼しさを呼び起こしてくれるようだ。 「綿の浴衣の場合は、新品のときは思いっきり洗濯糊をかましてるさかいに、最初はパリッとしてるけど、すぐにTシャツみたいにヨレヨレになってまうねん」 どうだ! とばかりに自慢げな山龍。確かに、温泉旅館で洗い立ての浴衣を手にすると、拡げるときにバリバリっと剥がさなければならないほど糊が利いていて、最初は袖やらが突っ張って、凧みたいになった経験がある。あのとき感じた浴衣のサラサラ感は、生地ではなく、洗濯糊の感触だったのか……。 小千谷縮は、新潟県の小千谷市を中心に織られている麻縮である。江戸初期に始まったもので、重要無形文化財に指定された職人がいざり機で織る……というか、正確には織っていたと言ったほうが正しい。3年前の2004年、小千谷市を震源地とする新潟中越地震で、壊滅的なダメージを受けたところに、今年の新新潟中越沖地震のダブルパンチで、ほぼ消滅状態になってしまったからである。 「地震で土地が液状化してしもうたらしいわ。織物はクレーン車のように、機を地面に踏ん張らせんとあかんから、もう無理やな。小千谷縮はもう織れへん」 残念ながら、小千谷縮の浴衣は、現存する生地が無くなったら終わりということ。そう思うと、この浴衣が伝えてくれる涼しさが、とても貴重に思えてくる。 柄は、尾形光琳の描いた小袖紋様『秋草模様』を手描きで復元したものである。尾形光琳は、江戸中期の高級呉服商「雁金屋(かりがねや)」の息子に生まれ、小袖意匠にも「光琳模様」と呼ばれるものを多く残している。それまでの写実的な表現ではなく、意匠性に富んだ独特のセンスが『琳派(りんぱ)』と呼ばれ、最近また注目を浴び始めている。 「光琳の色彩バランスは、浴衣にちょうどいい。都会にも向いてる思うしな」 それにしても、このように白地を生かして絵を描いたような、絵羽付け(えばづけ・仕立てたときに一つの絵柄が出来上がるような模様付け)の浴衣というのは、あまり見たことがない。ほとんどがパターン柄で埋め尽くされたものだ。 「僕も、いろいろ見たけど、総柄の絵羽付けになってる浴衣はないわ。全部、パターン柄のリピートやな」 やっぱり! またどうしてなのだろう? 「一つのパターンで済むさかいに、コストがかからへんのよ。それに、柄がわーっといっぱい入ってるほうが、生地をごまかせる。いい生地使うんやから、無地場を残さんとな。生地の良さは、無地場でわかるから」 やはり、大人の上質の浴衣は、奥が深いのであった。 触感と食感山さて、できたての浴衣でどこに繰り出そうか? 花火大会は人が多そうだし、恵比寿駅前の盆踊りは終わっちゃったし……と悩んでいると、「虎屋にかき氷食いに行くでっ!」 と、気合いの入った山龍師匠の声が後ろから飛んできた。 え〜〜〜っ! 浴衣でかき氷とは、山龍にしては、あまりにもベタな発想ではないか! これで金魚すくいとかいいだしたら、小千谷縮も光琳も台無し……。不信感丸出しの顔で振り返ると、甘党の山龍が満面に笑みを浮かべて言った。 「夏は、虎屋のかき氷! 虎屋じゃなきゃあかんねん。食べたらわかるから!」 確かに、虎屋は和菓子の老舗ブランドだ。お祭りの屋台のかき氷とは訳が違う。ぜんざいだって、あんみつだって1000円以上するしなあ……というわけで、気温33℃の真夏の土曜日、さっそうと赤坂の虎屋総本店の地下にある「虎屋茶寮」に出かけた。 さすが虎屋だけあって、入り口には数人の列ができていた。かき氷ごときで待つのも癪だが、今回は意地でも食べるぞという気迫が、山龍の背中から伝わってくる。 待つこと約30分。落ち着いた雰囲気の店内に、やっと入ることができた。 注文は迷うことなく「宇治金時」である。オプションで、山龍は白玉6個、私が4個。他に練乳やら黒蜜もトッピングできるが、かき氷は白玉宇治金時がいちばん!……と、いつの間にか、すっかり山龍ペースにはまっている自分に気付く。
「京都の虎屋のは、もっとデカイで。白玉も、最初から6個乗っとるしな」 あ、そう……じゃあ、京都のを食わせんかい! とムッとしたのだが、一口かき氷を口に入れたとたん、その細かな氷のシャリ感に、思わずうっとり。抹茶の風味と、小豆の程よい甘さ。そして何といっても最高なのは、細かくふんわりしたかき氷の口溶けのよさだった。 「おいしい!」 「美味いやろ? この食感が最高なんよ。シャリッとしてて、口の中でまろやかに溶ける感じ。小千谷縮の触感と、同じやな」 まるほど、それをいいたかったのか! 触感と食感……いやあ、やられました! 「京都の夏はな、すだれにしても、ハモにしても、かき氷にしても、面でなく、刻みの入ったシャリ感で、涼しさを醸し出すねん」 正に、五感で感じる涼しさ。風情という言葉がピッタリくるような、日本独特の感性である。ハイクラスの浴衣の触感と、高級なかき氷の食感に、和の神髄をかいま見た真夏の1日でした。 (2007.8.12) |
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