Kimono Master 山龍
着物の洗濯あれこれこの連載がスタートしてちょうど1年がたった。どこで買ったらいいかわからない、何を選んでいいかわからない、値段が高い、ルールがややこしい、自分で着られない……などなど、着物における様々なハードルを、山龍の指導の元、この1年で、何とかクリアしてきた私である。 案ずるより産むが易しで、実際に着物ライフを経験していくと、文字通り“目からウロコ”が落ちるように、いろいろな疑問が解け、とにかくかっこよく着こなし、自分のペースで楽しめばいいのだ、ということがよくわかった。 おまけに、今年の記録的な猛暑の中、汗まみれの着物を脱ぐたびに、やっぱり真夏に着物は無理! というコトも実感。で、そのとき、大事なことを忘れているのに気が付いた。 そう、着物のお手入れである。 「365日着物を着はるような人は、めったに洗濯なんか出さへん。それくらい汚さへんし、同じものを続けて着ないし。着物は1回着たら休めるのが大事やな」 と山龍がいうように、1回着たら一晩吊して汗を飛ばし、翌日たためば、シワは自然に取れる……というのが通説である。 しか〜し、着物初心者、夏場の着物(単衣)はたった1枚しか持っていない私は、そういうわけにはいかない。知らない間に「これ何?」という汚れが付いていたり、シワが取れる暇もないという有り様だ。 「シワはすぐに取りたいときはアイロンをかければええし、汚れたら丸洗いに出せばええやん」 とまあ、あっけないくらい簡単に、手軽な対応を教えてくれるのも、また山龍のスゴイところ。シルクの着物にアイロンなんかかけていいの? という不安も、実際にやってみたら、なんの問題もなかった。あとはお洗濯だ。 着物の洗濯法には、大きく分けて、丸洗いと洗い張りがある。 丸洗いとは、着物のドライクリーニングのようなもので、仕立てたまま機械にかけ、揮発性の特殊な薬品を使って洗う。 「手軽やけど、ちゃんとは落ちひんな。しっかり落とそう思ったら、やっぱり洗い張り」 洗い張りは、着物をほどいて、表生地、胴裏、八掛けをそれぞれ元の反物の状態に縫い合わせる。これが端縫い(はぬい)。それを丁寧に洗剤を使って水洗いし、乾かした後で蒸気を当てて、丈や幅を整え、生地に艶を出す。これを湯熨し(ゆのし)という。最後にアイロンを掛け、これで生地は新品に生まれ変わるのだ。ただし、この後当然であるが、また一から仕立てなければならないわけで、仕立て代もかかる。ここまで本格的なオーバーホールは、そう頻繁にはできない。できれば、自分でこまめに応急処置をして凌ぎたいのだが、さてどうしたものか? 消しゴムと洗濯のりのマジック着物の場合、着ていく場所が場所なので、泥んこ汚れだとか、油まみれになるなんてことはまずない。いちばん多いのが、食べこぼしと、足下の泥はね。そのへんの対処ができれば、毎回丸洗いに出したり、大袈裟に洗い張りに出す必要もない気がする。薬局に行くと、ペンタイプやロールタイプのいろいろな染み抜きがあるから、そのへんで何とかならないものだろうか?「アカン! そんなもん使ったら、汚れが繊維の中に入ってしまう」 誰もが思う対処法は、山龍に一蹴された。うそっ! じゃあ、取り敢えずおしぼりや濡れたハンカチで叩くのは? 「ダメ! それは、せっかく糸の表面に汚れが乗ってるところを、糸の中にねじ込んでしまうわけ。なんとなく自分の気休めになるだけで、絶対に落ちへんわ。ベンジンも、生地にはよくないので、オススメできへんな」 なんとまあ、今までとんでもないことを信じ込んでやっていたらしい。それでは、いったいどんな応急処置をしたらよいのだろうか? と聞いてみると、すました顔で山龍が言った。 「消しゴムやな」 なにい? 消しゴムですと? 「そ。ケチャップでも何でも、まずティッシュで水分を吸い取り、とにかくそのまま乾かす。で、乾かした後で消しゴムでこする。これでほとんど落ちるで」 またまたあ! 消しゴムなんて、それこそ汚れをこすり込んでしまうじゃない! と、最初は私も信じなかった。だいたい、液体に消しゴムなんて……と思うのが普通ですから。ところが、理屈はこうである。 乾かすことにより、水分のなくなった汚れは全て粉末になる。叩いたり拭いたりしない限り、その汚れの粉末は繊維の上に乗ったまま凝固する。それを消しゴムでこすり取ってしまう。 なるほど、化学的には正しい。
汚れは、難易度の高いチョコレート! 白地の着物にほくろの様に飛んだチョコを半日そのままにして、いざ消しゴムでゴシゴシ! ……落ちた! ホント、あっという間でした。肉眼ではまったくわからない完璧さ。これ、もし染み抜きで叩いたら、絶対に輪染みになっていたに違いないだろう。消しゴム、恐るべし! である。 「そやろ? 消しゴムほど賢い汚れ取りはないで。草履もバッグも……草履クリーナーとかあるけど、そんなもん買わへんでも消しゴムでええ。何でも消しゴムでオッケー!」 ちなみに、油の染みは繊維の中に入ってしまうので、水性のものほど落ちないが、例えばドレッシングのように、水分と油分が半々のものは、水分のほうの汚れは落ちるとのこと。消しゴムの優秀さに感動した私は、襟元の汚れなど、あらゆる汚れに消しゴムで挑戦してみたが、その結果は予想以上で、襟元の汗染みも、かなり薄くなった。 「襟元や袖口、足袋の裏……絶対に汚れるところは、最初に洗濯のりをかけとくとええわ。汚れが洗濯のりに乗って、洗濯のりが汚れるだけやから、洗えばすぐ落ちるし、消しゴムでこすれば、洗濯のりと一緒に落ちる」 もちろん、洗濯のりにしても、消しゴムにしても、素材によっては向かないものもたまにあるので、下前で一度試してからのほうが安全ではある。 「あっ、砂消しはダメやで。生地がボロボロになるさかいにな……アハハ!」 そこまで無知ではありません!! というわけで、最近着物で出かけるとき、私のバッグの中には、何はさておき消しゴムだけは欠かせなくなった。 (2007.9.11) |
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